RECORD

Eno.18 マネス・ミダスの記録

そして愛を知る。

フラウィウスから、八色の大地へと戻る道中だった。
世界を繋げる術式から、己の世界への道を繋げて、かの世界にて得た宝の一つ、己の金枝――エリス・リリスを傍において。

「いよいよ、貴方の世界?」

「ああ、俺の世界だ、エリス」

「そう。 やっぱり、ちょっと楽しみね」

その言葉に、期待外れにならんといいが、言葉を足して苦笑する。
娯楽は、フラウィフスには負けない程度にはあるつもりだが、彼女が気に入るかどうかは、
また別の問題であるのだ。

――少なくとも、気に入ってくれれば嬉しいのだが。

表面上はおとなしくしているように見えて、そわそわしている様子が丸分かりな己の金枝の様子に、可愛さを覚えながらも、
見えてきた己とゴルサンが実質治めている都市国家を――黄金都市、ゴウルドールを眺める。

そうして、改めて感じるのだ。
フラウィフスから本当に戻ってきたのだと。
あそこでは、色々あった――本当に色々あったし、心残りもあるが、今は一度帰らねばならない。
己が為すべき事は変わらぬままであるのだから。

あの世界にやってきたのは、一人の修道女に興味を持った事から始まった。
蹂躙するために訪れて、彼女を捕らえたというのに、明かされたのは、己の本質――空虚さと、無価値さ。
見透かされた怒りに対しての激情も、己の精神が壊れていく感覚も、よく覚えている。

結局、そのために己が祖父のように、こっそりと慕っている老人を――ミオリッツァに力を使わせたうえに、
自分が暴虐を為した修道女相手に、救われる事となった。
とんだ皮肉だなと顔を歪ませたくもなるが、そのおかげで、今の自分はある。

それから、出会った者たちに、思いをはせる。

もう一人の修道女はどうなるか。
それはもう己の知らぬところであった。
同志として迎えたかったのは事実だし、今でも気に入ってはいるが、
彼女とはもうまともに話せまい。
己も、彼女も、もう一人の修道女での繋がりに関して譲れないところがあるゆえに。

己の宝物の、天使の気配は、黄金の祝福の繋がりから感じられる。
水の青年にも助けられたおかげでもあるが、
きっと元気にやっているのだろうと思えることが、喜びではあった。
良い子であれば、いいのだがと思いつつも、また会える日を夢想する。

己を下した青年は、大丈夫だろう。
捨て身で何もかも無謀だが、彼の周囲には、
それを止める人々も、慕う者もいる。
大馬鹿者を縄でぎゅうぎゅうに縛りつけてでも止めてくれるだろうから。

気が向くままに預かった子の面倒も見なければならない。
あの子は、随分と素直に子供らしくなった。
スタンダムの土地で面倒を見ながら、問題については解決していけばいいだろう。
銀に会わせるのが、少し懸念点ではあるのだが。

あとは、友人も遊びに来ると聞いていた。
彼にとっては、己は大した友人ではないだろうが、
こちらにとっては大事な友人である。
その用意はしなくてはいけないと思考する。

吟遊詩人殿は上手くやれているだろうか。
あの小僧を連れて安住の地を見つけるという事だったが、
少々心配にもなろうというものだ。

それから、もう一つの宝――。
宝玉については、どうするかはまだ聞いていない。
おそらくはまだ残るだろうから、後で迎えにいかなくてはならないなとも思う。
逃げていけば、追いかけるまでの事だが。




そこまで考えて、思わず、また苦笑する
己の忘れてた愛も、理想も思い出す事となった事にも、
己がここまで情を取り戻している事にもだ。

「マリィ、なんとか上手くやれそうだよ、俺は」

言葉を漏らす。
かつての妻が、妖魔の王の瘴気により、助からぬ病に掛かり、妖魔へと成り変わる前に、己が手で殺した。
その時の彼女の願いを受けて、今もこうして生きていたのだが――。





『あなたは必ず、また別の愛を手に入れられるんだから』





それがあり得ぬと信じていたのに、約束を守るために、こうして無様を晒しながらも生きてきたと思っていたが。

「君には、叶わなかったな」

言葉が漏れる。
結局のところ、そうだ、認めようという気分にもなる。
己はミオリッツァの事が祖父として好きだし、ノヌムルアを本当に溺愛していた。
ノヌムルアを罰として、かの世界に送り込んだ時も、傭兵団の連中に話をして黄金化させたことも。
ある大妖魔を庇った事への大罪を誤魔化す事であったことも。
息子が本当に大事な者を見つけて、あの世界から戻ってきたことも。


全部、彼女が見ていたら見抜かれるのだろうなと、己の情けなさに溜息を吐く。
だが、そればかりもしていられまい。
今の己には、宝物が複数ある。
正気に戻ったといっても、己の強欲さは変わらない。

なら、その全てを大切にして、愛していくだけで。

「……そろそろ、着く。
 行こうか、エリス」

「ええ。 今だけは、私が独占させてもらうけどね?」

己の金枝に手を差し伸べて、その手を掴んでもらい、大地へと降り立つ。
己の輝きを失う事などなく、狂気へと落ちることもない。

今の己には、確かな愛が感じられるのだから。