RECORD

Eno.330 ユラカイト・イチヤの記録

別れと再開





今日から、この日は特別な意味を持つようになる。



何故ならジジイイチヤがここ、フラウィウスから離れて元の世界に帰るからだ。



はじめは上下の違った同僚で、それからはあいつの中で静かに外を見ていた。

…正確には、俺の体であるけどそれがジジイ自身となっているんだけどな。



兎に角、悠久の時を共にしたジジイとは会えなくなる。






…少しだけ、寂しいな。






そんなことをしてたら渡航船が来る時間になって来やがった…!



早く行かねぇと!!


















男が息を切らしながら、港に到着する。

そこには、彼にとって一番身近な存在が立っていた。






__ユラカイト・イチヤ。

モノマキアでは『イッチ』と呼ばれている、彼と容姿が全く似ている男だ。



「おぉ!知一ではないか!
 まさか、見送ってくれるのかね?」





知一を見つけた男が、笑顔でそう声をかける。



「…あたりめーだろ、仲間なんだから。
 それとも一人寂しく故郷に帰りたかったか?」

「あんたの口の悪さはいつも通りでよかったの。
 ま、一人で帰っても賑やかなもんだから別にって感じだのう」





こいつら一体何してんだ……



「はぁ…で、もう船は出発するのか?
 多分伝えられた時間より少し遅いんだろ?」

「そうだのう。見送ってくれる人が余裕持って来てくれるようには伝えてあるの」



「…にしては人がいないな」

「ま、あんたしか呼んでいないからだがの」



「は?」







「…して、どうかね?花の調子は」



「まあ、なんとかなっているよ。
 ここの気候がちょうどいいからか、花の育ちも悪くないな」

「はっはっは!それは知一の腕が良いのではないかね?
 気候に関わらず、お前が心もって育てているからこそ応えてくれていると思うのう」



「はぁ…まあ、そういうことだと受け取っておくよ。
 少なからず、俺の技術とは関係ないだろうよ」



「あ、そうだ。これやるよ」



彼が何かを男に差し出す。



「これは…種なのかね?」



「あぁ、俺が育ててるムクゲの種だ。
 あんたがあっちで育ててた奴を根こそぎ取られたもんだから種だけな。
 責任取って育てて貰うからな」

「あっはは……その節は本当に申し訳ない……」









「あっという間だな……ただ雑談してただけなのにもう時間が来ちまった」

そうだのう…もう、知一とは会えなくなるのか……



「いや、こっちにも世界を渡る手段はあるから大丈夫だ。
 その分リスクがかかって何度でもできるものじゃないけどな」



雑談をしただけで、もう別れの時間が来てしまった。



…何故だろう



また会えるかもしれないのに、また話せるかもしれないのに。






何故か…涙が溢れてくる……



「それじゃあ知一…ここではさようならだのう。
 また会える時が来れば、その時は楽しく笑い合おうではないか」





あぁ、声が聞こえる。



声は聞こえるのに、言葉が出てこない。



待ってくれ、まだ行かないでくれ。



せめて、これだけでも伝えさせてくれ。






「おいジジィ!!!」





彼が大きい声でそう呼ぶ。

それを聞いた男がビクッとしてから、彼を見た。






「お前がここからいなくなっても、俺は頑張ってくからなぁ!!!」

「だからよぉ!!カイチに戻っても頑張ってこいよぉ!!!」

「最強になるまでは、長生きしろよぉ!!!!」






涙が溢れる。

これまでは片割れに見せなかった、数多の涙。



その姿を見た男が、ただ無言で彼を見つめる。

男の表情は……微笑みだった。


……静かに、何も返さない。

その無に近い姿を見た彼が感じたのは、大きな感謝

男もまた、知一によって救われたことがあるからだ。



そして……

男が渡航船に入り、それは海の上を進み始める。

俺はただ、その船に向かって手を振り続けた。



知一

感じる。

自分の顔が、涙と鼻水でグシャグシャになっていることを。

いくら嬉しいことや悲しいことがあっても、ここまでなったことはないな……



やがて、船が水平線の向こうへと消えた。

それは感情を晒す時間が終わったことと同じで、涙や鼻水はようやく治まった。

グシャグシャになった顔を塵紙で拭き取ってから、言葉が漏れ始める。






「…帰ろう」



「俺の家に」












「俺の……新しい家に」












それからは港までの道の通りに帰った。

その間は、ジジイとの思い出や戦い、時には苦しい思い出も浮かんだ。

その次に、ここで会った奴らとの関わりや戦いが映像のように流れた。



特に多かったのは、葵との思い出だ。

あいつとはずっと、一緒に居ると約束したからな。






ようやく宿泊所に到着した。

これまで泊っていた部屋はもう空き部屋となっていて、俺やジジイの物はもうない。

かわりに、俺の物だけを別の空き部屋に移してもらった。



鍵を受け取って、その部屋を開ける。



「…ただいま」



何も変わらない、殺風景な部屋。



でも、それがいい。



その部屋には、俺が育てているムクゲやカーネーションはもちろん、



葵から貰った、紫陽花があるんだから。






もう何も、一人じゃない。

イチヤ

渡航船に乗った俺は、そこに居るスタッフに案内されて席に座る。

中はとても綺麗で、空調もよく効いてて快適だ。

うん……このシートもまた座り心地がいいな……



少しだけ外の空気を吸おうと、船尾の方へと出た。

やはり風は少し強く、船尾にいても音はすごかった。



そうして見えた風景はフラウィウスのある島と広がる海だ。

港である場所に、一人の小さな男がこちらに手を振っている。



きっと見えていると信じて、こちらからも手を大きく振り返した。






それからはまだ時間がかかるそうだから、一旦席に戻って仮眠を取る事にした。






__目の前が急に明るくなる。

そこには知一やアルヴァーディ大公、ラムロンの民やフラウィウスで会った者がいた。



アルヴァーディ大公とは、一般の偵察兵として仕えていた。

同僚と話している間によく嫌味を言われていたが、普段は野心を持った素晴らしいゴーレムであった。



ラムロンの民とは、カイチで迷った俺に手取り足取り教えてくれた。

霊峰の神に侵されつつも、俺のことを信頼してくれた。これほど嬉しいことは他にない。



フラウィウスの者とは、モノマキアで剣を交え合った関係でしかない。

それだけであっても、とても楽しく話させてもらった事に感謝している。



そして知一……あいつとの出会いは、ちっぽけな村でのんびりしていた時だ。

最初はうまく言葉を話せなかったが、俺とゴーレムの役員の教育のおかげで意思疎通が図れるようになった。

同じ人間であることもあって、よく話し相手にもなっていたかな……



たった一つのミスを犯したせいで、俺は一度だけ死んだ。

知一のお願いと魔術師の努力のおかげで蘇ることができた……が、

俺の意思を含めた魂は、すべて知一の中に在ることになった。



それからは、俺自身が知一として動いたわけでなく、知一の体で俺として動いた。

本人自身は不満そうにしていたが、これも仕方がなかった……



そしてようやく、俺と知一を分つ術を手に入れることができた。

これで’知一も自由に動くようになって、事実上俺も肉体を得ることができた。






どれも忘れることのない、忘れたくない記憶だ__


















「……ま。イチヤ…ま……」



呼びかけられる声に反応して起きた。

隣にはスタッフがいた。どうやら元の世界に到着したようだ。



「足元に気をつけてください。
 本日はご利用いただきまして、ありがとうございました」

「うむ、こちらこそどうもありがとう」





スタッフにお礼を告げてから船を降りた。

差してくる光から目を守りながら、大地を踏み締める。



そこに広がっていたのは、懐かしいラムロンの風景だ。

桜が満開に咲いていて、田畑には青々と育った植物が立っている。

ようやく、戻って来たのかと心から実感する。



それからゆっくりと、歩きながら人々に挨拶をする。

その度に驚かれた者だから、すごく長い月日が経ったんだろうと思う。



ようやく到着した道場に入ってから、弟子に道場へ来るよう連絡する。

そうして、ドタドタと走る音が聞こえたと思えば、勢いよく襖が開く。



「師範……」

「師範!師範ー!!」



そんな大きな声が響いてからすぐに抱きしめられる。

俺がいない間に、少しだけ逞しくなっていたのを感じて涙する。












「あぁ皆、ただいま戻ったよ」


























中の人より

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


これをもちまして、Eno.330『ユラカイト・イチヤ』は撤退します。

このキャラクターと交流してくださった方々に感謝しています。


そして、これからはフラウィウスに残ったEno.921『永久 知一』を動かしていきます。

後半では知一がメインでしたが、これからは別のキャラとして動かします。

このキャラと交流してくださった方、そしてこれから交流を深める方は、
これからもどうぞ、よろしくお願いします。


改めて、本当にありがとうございました。