RECORD
翠玉色の封筒
裏面の左端に『Dear Beloved Rabbit』と綺麗な筆記体で記されている。
封筒を開く
フィリアへ
急に手紙なんか送ってごめん。
面と向かって言うのはどうにも照れくさかったから、こういう手法を取らせてもらった。
本題に入る前に二つだけ、頼みがある。
手紙の内容を使って僕を揶揄うのは止めて欲しい。
さっきも言った通り、この手紙は面と向かって言うのが照れくさかったから書いた物だ。
それだってのに直接言及された暁には、僕は絶対正気じゃいられないだろうから。やめて。
だけど、不快に思ったり傷ついたりしたらその限りじゃない。
置き手紙一つで拗れて捻じれて、とんでもなく酷い事になっちまった僕らだ。
もう同じような事は絶対に起こり得ない、なんてきっと誰も言い切れねぇからさ。
だから、何か不安に思ったり腹が立ったりしたら直接聞いてほしい。確と弁明させてほしい。
もう拗れたくないから、離れて欲しくないから。頼む。
『まどろっこしいから直接言え』とか『意気地なしの骨無しが』とか思う所はあるだろうけど。
どうか一旦飲み込んで、この手紙を読んで欲しい。どうしても伝えたい事があるんだ。
僕はきっと。この先もずっとずっと情けなくて頼りない奴だと思う。
お前に手を引かれないと、走って前に進むなんて芸当出来ない程に情けなくて。
独りぼっちだと足が竦んで動けなくなって、そのまましゃがみ込んでしまう程に頼りなくて。
何かやらなきゃって焦って、やることなすこと全部間違えてしまう程にどうしようもない奴。
思考が悪循環を起こして。立てなくなって、前に進めなくなる。
なのに無理やり足を動かして。案の定もつれて倒れ込んで、立てなくなる。
それぐらい馬鹿で愚かで救えない奴で。なのに見捨てられたくないって咽いでいる愚蒙な奴。
前に進もうとして、そのまま一滑りして。お前を何度も傷付けてしまいかねない最低な奴だ。
だけど。だけど。
お前の事好きだから、心の底から愛してるから。
ずっとお前だけを求め続けるから。ずっとお前だけを見ているから。お前だけを感じるから。
お前だけ居てくれればもう何も要らない。お前だけ見れてれば目も耳も命すら捨てて良いから。
お前が求めるなら僕は何だって出来るし、文字通り何でもするから。
御仏の鉢も奪ってくる。霊山から玉の枝だって採ってこれる。燃える鼠の皮も剝ぎ取って来る。
荒れ狂う龍が持つ千金の珠すら取ってみせる。燕の子安貝だって駆け回って見つけてみせれる。
お前を奪い来る天人全員、全力使って穿ち抜ける。それぐらいお前の事が好きだ。大好きだ。
だから。見捨てないで欲しい。横にずっと置いていて欲しい。握った手をずっとずっと離さないで欲しい。
お前だけで良い。お前だけが傍に居て欲しい。お前じゃなきゃ絶対に駄目で、お前じゃなきゃ何の意味も無い。
傍に居てくれるだけで良い。ただ笑いかけてくれるだけで良い。これ以上の我儘は言わない。これ以上の我儘は言えない。
嬉しかったんだ。傍に居るって言ってくれた事が。手を離さないって言ってくれた事が。
離れていかないって、何があっても絶対に置いていかないって言ってくれた事が。堪らなく嬉しかったんだ。
全部あげるって言葉でも心が湧きたって。どこにも行かないって、捨てないって言葉に。ずっと僕は救われてる。
それを疑ってるわけじゃない。お前の言葉や心に疑念を向けている訳じゃない。
自分がどう思ってるか、お前に何を求めているかを示しておきたかっただけなんだ。
僕はお前を目一杯に求めていて、離れないでほしくて、心の底から愛してる。ただそれを知って欲しかった。
レナータを説得してお前の姉さんや恩師さんに挨拶して、家を見つけたら。
僕の仕事が見つかってお前の仕事が難無く行えるようになって、余裕が持てるようになったら。
一緒にプリンでも食べに行こう。長い長い行列も、二人ならきっと楽しく待てると思うからさ。
微睡みながら触れ合って。読み聞かせして。だらだらして。1年が終わって、また始まって。
そういう小さな小さな幸せを、お前と一緒に噛みしめて生きていたい。
諦めていた暖かな陽だまりの中に、僕の手を引いて連れて行って欲しい。
他ならぬお前自身の手で、僕を幸せに突き落として欲しい。
一生大切にするから。絶対に見捨てないしお前の隣から離れないから。
お前だけを求め続けるから。お前だけを愛し続けて、お前だけを見てるから。
だから。良ければどうか。どうか僕の長い長い日常の全てに付き合って欲しいんだ。
愛してるよ、フィリア。
── Malaidixe Sion only for you.