RECORD

Eno.18 マネス・ミダスの記録

憤怒の神

決して怒らせてはならぬ神は誰か。
八色の大地にて、一度は酒の席の話題に上がる話だ。
その話をすれば、まず真っ先に名を挙げられるのは、
緑の神スヒジニと赤の神ソアレラである。
緑の神スヒジニは、どんな種族であろうと、迷い子を己の子も同然として保護する穏やかさ。
己の意に沿わず、大地を荒らし、血を招き、刃向かった種族のその尽くを鏖殺する苛烈さを併せ持つ二面性から恐れられていた。
刃向かった人馬族に対して、山を裂き大地を割り、丸ごと埋め立てた事。
山が意思を持ったかの如く水を招き、濁流を持って押し流した事は、伝承として、また、子供たちを戒める話として謡われている程だ。

赤の神ソアレラは、ただ淡々と、世を乱す者と断じれば、粛清する。
如何なる理由がそこにあれ、止まる事はない。
そのあまりにも無機質なーー口さがないものは妖魔のようだと言うーー冷徹さから、まず怒らせてはならぬとされていた。
何より、率いる赤の民ーー竜人種達は永きを生きるだけではなく、魔族や鬼種をも超える膂力を持つ彼らを敵に回すも同然という事になる。
赤の神ソアレラを絶対とする忠誠から、尖兵として派遣され、
彼女の名誉を穢す者達、その全てに牙を突き立てる事を何よりの名誉とする彼らだ。
仮にソアレラの怒りを買えば、その全ての牙が己に突き立てられ、八つ裂きにされ、肉の一片まで残される事はないだろう。

だが、銀の女神たるリウリブに選ばれた不死者、シルバリア・セルヴィアと、黒の女神であるヨルウルに選ばれた不死者、ヴェルドン・ヴェルドナックの考えは違っていた。
最も恐ろしい神は、そのような様子を、姿を、いざという時まで見せぬもの。
いざ動いたその時は、既にその物事が終わっており、
恐怖を、畏れを、与えるべき者に与える事だけを考えるのだ。

「ノヌムルア。
 お前はシウェブ様に謁見した事はあるが、
 灰の神ライゼニはまだだったな?」

「はい、ヴェルドン様」

「ならば、腰を抜かさぬように注意する事だ。
 マネスからも聞いているだろうが、
 妻を置いてきた事は正解だな」

「……そこまで、ですか?」

「そこまでよ。
 荒れている時のライゼニはな」

二人の不死者の後を追うようにして、歩いていくのは、
金の男神、ゴルサンに選ばれた不死者、マネス・ミダスの代理――その息子である、ノヌムルア・ミダスである。

「シルバリア老も俺も、一度だけ見た事があるが。
 気圧されても、情けないとは言わんよ」

「アレを見れば、赤の民――竜人種とて怯えるだろうからなあ。
 それを恥とする程、ソアレラとて厳しくはあるまい」

「紫の所の姉妹は、見た覚えはあったか」

「いや、それは無かろう。
 紫の不死者は訪れたかもしれんが、ライゼニはその時は人間体であろうよ。
 神体ではあるまい」

戦で怯えることを、最も恥とする赤の民が怯える。
そして、それが恥とならず、許される相手だとされる。
それほどの恐怖というものを、畏れを与えるのであろう神、ライゼニは果たして、どのような神なのか。