RECORD

Eno.270 『血雨』のユーファの記録

歓喜と欲

 繰り返す試合の中で、一度だけ。
 たった一度だけだったが、あの人との試合があった。

 これまでも試合の会場に立ってきたが、一度も相まみえることがなく。
 今も強く記憶に残り続けるあの三本勝負で、ようやく刃を交えることができたようなもの。
 そんな状態だったから――対戦相手として目の前に立つあの人の姿を目にした瞬間、とても驚いて目を丸くしてしまった。
 今思い出せば、あの瞬間の彼も同じような顔をしていたと思う。

 けれど、驚いたのはその一瞬だけ。
 目の前に立つ対戦相手があの人なのだと理解した瞬間、あの日、首元に触れた感触が確かに蘇った。
 蘇って、あの日感じた高揚と戦いの愉悦、そして受けた刃から伝わってきた衝撃も鮮明に戻ってきて、ぐぅと喉が鳴った。
 同時に身体の奥から湧き上がってきた、飢えや乾きにも似た衝動と答えが出ないからと飲み込んだはずの欲。

 きっと、あのときの己は目の中に金色がちらついていたと思う。
 視界がぱちぱちとして、眼前に立つその人だけに意識が向いていた。
 平常であれと必死に抑え込んでいたけれど、竜の本能が脳内で繰り返し大声で叫んでいたから――その兆候である目の色の変化が現れていたはずだ。



『――雨は、お好きですか?』



 以前のように問いかけた声は、きっと再戦の歓喜と高揚で震えていた。
 その一言を合図に始まった試合は、以前の試合をなぞるかのように愉しかったことを覚えている。
 この人相手なら、少しばかりはしゃいでも受け止めてくれる――と理解していたから、はしゃぐ心を抑えきれなかったのも覚えている。
 戸惑わせ、困らせてしまってなければいいのだけれど――そんな少しの心配が心に差し込んだのは、試合が終わって控え室に戻ってきてからだ。

「――……」

 頭から流れ落ちる水を浴びながら、浅く息を吐き出す。
 少しばかり冷たいが、高揚し、熱を帯びた思考と身体を冷ますには十分すぎる。
 雨音にも似た音に耳を傾けながら、ゆっくりと目を伏せても瞼に浮かぶのはただ一つだけ。

 一時は満たされたのに、また足りなくなる。
 飲み込みきれない本能が、ただただ欲しいと叫んでいた。