RECORD

Eno.76 ニアの記録

月の宮殿にて

 
フラフィウスから戻った竜は人の形のまま。
天を征く内で最も大いなる星──太陽が消えた宮殿にて寛ぐ。

その手には一枚の長い手紙が握られて
かつて愛した不死の遺言をゆっくりと噛み締めていた。
先日、恐怖の感情の伝わってきた時が懐かしい。
手紙に書かれている飛行機とやらはやはり信じ難いもので
いつか見つからぬように行くのも悪くないと思った、その最中。


──随分と楽しんで来たようですね?



小さな白梟が降りたって囁く。
対する竜は手紙から視線を逸らす事もせず。


「別に妾が何処で何をしても良かろうよ、千年国」



やや敵意の籠った声だけを返す。
あの世界に居た竜からは殆ど出なかった声。


いいえ、私にとっては困ります。
今度は何処の種を拾って来たのですか、名ばかりの乙女よ?



「──また"それ"ばかり話すか。純血主義の白梟め」



混ざりモノが禍を呼ぶのは御存じでしょう?

それも、とっくの昔に



「はて、どれだったかの。千年前か?」



うふふ、忘れたとは言わせませんよ。
その倍は昔でしょう。貴方と私が子を成した時の──


梟は高らかに嘲り

黙れ。それにその時はお主も──」


竜は地響きのような唸りで返す。

おお、怖い怖い。
まあ今はそれよりも……


力では敵わぬのか、一歩引いた梟。

彼女の見上げる先の宙は殆ど何もない暗闇。
そこに在った星達は半数以上が消え失せている。

この状況についての説明が欲しいのですが


仕方なく言葉で刺しはするものの、

「必要は無かろう?元より妾の星ぞ」

「今更どうしようと構うものではあるまい」


竜の反応は何処吹く風。まるで傍らに人無きが如し。
その様子に呆れた白梟は

……代わりの星は作って頂きますからね?


──嗚呼、全く。どうして世界を司る神が私ではないのでしょう


捨て台詞を吐けば何処かへと消えて行った。

……その傲慢故にだろうよ。国一つ護れぬ小さな梟が


虚空に呟けば、竜は己の責務に向き合う。

あの梟の事は確かに恨めしい。
あの時救わぬ方が良かったのではないかと思う程。


だが太陽だけは浮かべねばならない。

曲がりなりにも己は神で、星を背負う竜。
数多の子らの母にして父なれば。


それに何より。


「 ちゃんとやらなきゃ、あの子に見放されちゃうもん 」


愛する彼女に見せる世界は、
なるべく美しい方が良いと思うから。

「……さ、お仕事頑張るの」


椅子から立ち上がって、ぐっと背を伸ばす。
こうして最初の大仕事が始まり

──異世界での日々が終わりを告げた。
あとはもう、語られぬ話。