RECORD
Eno.270 『血雨』のユーファの記録
己のための思考メモ・1
オーレリオ・アウルウルフ。
フラウィウスの酒場に到着後、テラス席で声をかけた人間。
侯爵の爵位を持つ貴族であり、長剣を扱う騎士の男性。
スィリアクロヌの真の姿を知る者で、彼の地に対して厳しい目を向ける珍しい人間の一人。
……それから、限りなく理想に近い地を治める者。
亜人や獣人族に対して、偏見の目や冷たい目を向けることはない。
多くの民を受け入れる地を治めており、彼が治める地では奴隷という身分もない。
開拓を必要とする地が多いそうだが、多くの可能性を秘めていて、民が手を取り合って生きているのは非常に魅力的に感じる。
この人が治める地は、わたくしにとって限りなく理想に近く、少し話を聞くだけでも定住地に選ぶならここだと思ってしまうほどだ。
なかなかに陰謀が複雑に絡み合う家の出の様子。
話を聞いた限りでは、兄弟姉妹の中にお行儀が悪い人間がいるようで、手段を選ばなくなった場合、レオ様の身に危険が迫るのではないかと少々心配になるものがある。
過去の依頼で有力な後継者候補を殺してほしいという内容のものを引き受け、実行したことがあるけれど、貴族の家とは大体陰謀が渦巻くものなのだろうか。
フラウィウスから戻ったら、アウルウルフ家について改めて調べておくこととする。
今のところ受けた印象では、善人という言葉が似合いそうなほどに真っ直ぐだ。
わたくしがレオ様の治める地へ向かったときは、直々に案内をしてくれると口にするほど。
なかなかに苦労をしている気配を感じ、ある意味、苦労の星の下に生まれてきてしまったのではと思ってしまうものがある。
飲み比べの話をして、酒場でいつかするという話が出たからその日を楽しみにしている自分がいる。
その会話の中で、酒精には強いのだと口にしていた。
確かにあの体格だ。土地柄の事情も重なり、かなり強いほうなのだと予測する。
酔い潰すのなら結構な量を飲ませないといけなさそうか。
武術や剣術の上は、こちらを凌駕する可能性が高い。
真正面からぶつかりあった場合、こちらが打ち負ける可能性が高く、環境が環境だから息を潜めても気づかれる可能性が高いと予想する。
今度、この人が出ている試合を観戦しにいき、どれほどの腕前なのかを自分自身の目で確認しておきたいところ。
……現時点での印象は善人、この一言に尽きる。
今後も言葉を交わすうちに印象が変化する可能性はゼロではないが、おそらくこの評価は揺らがないだろう。
慣れないタイプの人間だが、理想に近い国を治める人間だ。
おそらく、わたくしは何らかの興味を抱いている……のだとは思う。
叶うのなら――……。
――――――――。
――――――。
――――。
――。
「……」
そこまで文字を綴ったところで、手が止まる。
暗殺者になってから身についた一種の癖。
ターゲットについての情報を書き記し、どのように相手の命を狩り取るかを考えていく計画書を作る癖。
今回は別に暗殺を行うわけではないが――己の今の思考をまとめ、可視化し、見つめ直すため、紙に情報を書き記していたユーファは、静かに両目の瞼を半分だけ落とした。
瞼の裏に映るのは、書き記した人物の姿。
陽の光を溶かし込んだかのような、自分とは反対の金の髪をした騎士。
彼自身も太陽か何かのように明るくて、太陽のようで――暗闇に慣れた自分にとって、とても眩しく映る人間だ。
見世物小屋にいた頃によく目にしていた、こちらを見下し、消費する貴族の姿とは大きく異なるもので、それもあって戸惑いを覚えてしまうときもある。
……スラム街という掃き溜めで生まれ、暗闇の中を生きている自分とはあまりにも正反対な人間。
「……あの方は、わたくしの真の姿を知ったら……どのような反応をするのでしょうね……」
小さな声で一人呟き、止まっていたペンを再度動かす。
こんなことを思ってしまうだなんて、己に暗殺者としての技術を叩き込んだ師が知れば、きっと叱られることだろう。
けれど、ずっと心の片隅に引っかかり続けているのだから、自分の中で処理するためにも書き記すことは許してもらいたい。
最後の一言を書き記し、そっとペンを置く。
こうして文章として形にしてしまえば、自分の中で渦巻いていた考えも少しだけ外に吐き出し、整理できたような気がした。
最後に記した文字を静かに見つめたのち、それを他者に見られぬよう荷物の中にしまい込み、部屋の明かりを消す。
明日に備えて身体を休めるため、眠りにつこうと瞼を閉じてからも、書き記したその一文が頭に浮かび続けていた。
――叶うのなら、依頼が来たとしても、この人に刃を突き立てたくはない。
フラウィウスの酒場に到着後、テラス席で声をかけた人間。
侯爵の爵位を持つ貴族であり、長剣を扱う騎士の男性。
スィリアクロヌの真の姿を知る者で、彼の地に対して厳しい目を向ける珍しい人間の一人。
……それから、限りなく理想に近い地を治める者。
亜人や獣人族に対して、偏見の目や冷たい目を向けることはない。
多くの民を受け入れる地を治めており、彼が治める地では奴隷という身分もない。
開拓を必要とする地が多いそうだが、多くの可能性を秘めていて、民が手を取り合って生きているのは非常に魅力的に感じる。
この人が治める地は、わたくしにとって限りなく理想に近く、少し話を聞くだけでも定住地に選ぶならここだと思ってしまうほどだ。
なかなかに陰謀が複雑に絡み合う家の出の様子。
話を聞いた限りでは、兄弟姉妹の中にお行儀が悪い人間がいるようで、手段を選ばなくなった場合、レオ様の身に危険が迫るのではないかと少々心配になるものがある。
過去の依頼で有力な後継者候補を殺してほしいという内容のものを引き受け、実行したことがあるけれど、貴族の家とは大体陰謀が渦巻くものなのだろうか。
フラウィウスから戻ったら、アウルウルフ家について改めて調べておくこととする。
今のところ受けた印象では、善人という言葉が似合いそうなほどに真っ直ぐだ。
わたくしがレオ様の治める地へ向かったときは、直々に案内をしてくれると口にするほど。
なかなかに苦労をしている気配を感じ、ある意味、苦労の星の下に生まれてきてしまったのではと思ってしまうものがある。
飲み比べの話をして、酒場でいつかするという話が出たからその日を楽しみにしている自分がいる。
その会話の中で、酒精には強いのだと口にしていた。
確かにあの体格だ。土地柄の事情も重なり、かなり強いほうなのだと予測する。
酔い潰すのなら結構な量を飲ませないといけなさそうか。
武術や剣術の上は、こちらを凌駕する可能性が高い。
真正面からぶつかりあった場合、こちらが打ち負ける可能性が高く、環境が環境だから息を潜めても気づかれる可能性が高いと予想する。
今度、この人が出ている試合を観戦しにいき、どれほどの腕前なのかを自分自身の目で確認しておきたいところ。
……現時点での印象は善人、この一言に尽きる。
今後も言葉を交わすうちに印象が変化する可能性はゼロではないが、おそらくこの評価は揺らがないだろう。
慣れないタイプの人間だが、理想に近い国を治める人間だ。
おそらく、わたくしは何らかの興味を抱いている……のだとは思う。
叶うのなら――……。
――――――――。
――――――。
――――。
――。
「……」
そこまで文字を綴ったところで、手が止まる。
暗殺者になってから身についた一種の癖。
ターゲットについての情報を書き記し、どのように相手の命を狩り取るかを考えていく計画書を作る癖。
今回は別に暗殺を行うわけではないが――己の今の思考をまとめ、可視化し、見つめ直すため、紙に情報を書き記していたユーファは、静かに両目の瞼を半分だけ落とした。
瞼の裏に映るのは、書き記した人物の姿。
陽の光を溶かし込んだかのような、自分とは反対の金の髪をした騎士。
彼自身も太陽か何かのように明るくて、太陽のようで――暗闇に慣れた自分にとって、とても眩しく映る人間だ。
見世物小屋にいた頃によく目にしていた、こちらを見下し、消費する貴族の姿とは大きく異なるもので、それもあって戸惑いを覚えてしまうときもある。
……スラム街という掃き溜めで生まれ、暗闇の中を生きている自分とはあまりにも正反対な人間。
「……あの方は、わたくしの真の姿を知ったら……どのような反応をするのでしょうね……」
小さな声で一人呟き、止まっていたペンを再度動かす。
こんなことを思ってしまうだなんて、己に暗殺者としての技術を叩き込んだ師が知れば、きっと叱られることだろう。
けれど、ずっと心の片隅に引っかかり続けているのだから、自分の中で処理するためにも書き記すことは許してもらいたい。
最後の一言を書き記し、そっとペンを置く。
こうして文章として形にしてしまえば、自分の中で渦巻いていた考えも少しだけ外に吐き出し、整理できたような気がした。
最後に記した文字を静かに見つめたのち、それを他者に見られぬよう荷物の中にしまい込み、部屋の明かりを消す。
明日に備えて身体を休めるため、眠りにつこうと瞼を閉じてからも、書き記したその一文が頭に浮かび続けていた。
――叶うのなら、依頼が来たとしても、この人に刃を突き立てたくはない。