RECORD
Eno.270 『血雨』のユーファの記録
己のための思考メモ・2
オリーブ・オ・リビン。
試合で対戦相手として相まみえたあと、声をかけた橄欖の実の名を持つ人間。
剣闘士の一人であると同時に、神に仕える聖職者の男性。
己の戦いを神に捧げると試合の際に口にしていた、神聖なる身の者。
この人間について、真っ先に思うことは『油断ができない』ことだ。
竜族であることを明かしたとき、害のない者の仮面をかぶるため、わたくしは『人を食ったことはない』と口にした。
すると、彼は『人を喰う者、人を好んで殺める者からは近づくだけで血の匂いがすると言う』と返してきた。
知識として知っているのか、それとも戦場かそれに近しい場所に身を置いていた過去があり、身をもって知っているのか――。
どちらなのか、今は情報が不足していてわからない。
が、少しでも依頼を受けて仕事をすれば、この人間にはきっと正体を気づかれる。
……幸い、無害な竜族であるとごまかせたが……ただ者ではないだろう。
それから、彼の言葉を聞いていると不思議とさまざまなことに答え、話したくなる気分になる。
おそらくだが、これが『聞き上手』ということなのだと思う。
故に、何を話し、何をごまかすか、頭の中で一度整理してから言葉を紡ぐ必要がある。
すでにいくつか嘘を重ねているが、勘のよさそうなこの人のことだ。
一瞬でも油断すれば、きっと重ねた嘘の存在に気づき、違和感を覚えるだろう……本当にこの人間はただの聖職者なのか疑いたくなるものがある。
酒精にも強そうだから、酔わせて情報を聞き出すのも難しいと予想する。
ともに酒を酌み交わすのは良き時間になるが、情報を聞き出して正体を探りにくいというのは少々厄介。
武術の腕前もかなりのもの。
はじめて出会った日以降も何度か試合で刃を交えたが、ステッキを使った戦術にはいつも翻弄されている。
わたくしが身につけた技術が『殺すため』の技術であれば、この人間が扱う武術は『殺さず生かす』武術であるように感じる。
しかし、再戦の約束をしたときは神に仕えるようになってから扱うようになった武器を――とも口にしていた。
……つまり、扱える武器を二種類持っているということなのだろうか。
どのような武器を扱うのかは現時点では不明だが、かなりの腕前であることは確かだろう。
……善人か悪人かで言えば、善人であることは間違いない。
けれど、端々から感じるただ者ではなさそうな雰囲気、掴みどころのない雰囲気をどうしても警戒してしまう。
こちらが竜族……竜種亜人であることを知っても冷たい目を向けなかった辺り、悪い人間でもないのだと思う。
……わたくしを無害な竜族だと思っているだろうこの人間は――……。
――――――――。
――――――。
――――。
――。
己の思考を整理するための文章を綴る手を止め、改めて頭から読み直す。
こうして胸の内を可視化してみると、自分はこの人間に対してはずいぶんと警戒心を抱いているらしい。
だが、同時に過ごした時間を楽しいと感じた自分自身もいるのがわかって――自分のことなのに、自分の心の内がわからなくなりそうだ。
わずかに瞼を落とし、ユーファは小さくため息をこぼす。
「……こんなにも不可思議な気分になるのも、わたくしが嘘を重ねているからでしょうが……」
最初から嘘を重ねていなければ、このような気分にはならなかったに違いない。
だが、嘘を重ねるのはユーファの正体を隠すために必要なことで、癖として染みついてしまったことで――嘘を重ねずに言葉を交わすのは、きっと難しい。
こんな気分になるのも、共有する時間を楽しみたい自分と彼の存在を警戒してしまう自分で分かれてしまうのも、全ては自分自身のせいだ。
「……」
浅く息を吐き出し、傍に用意していた茶を飲み干してから、最後の一文を書き記す。
インクが十分に乾くのを待ってから、己の思考を書き記した紙を以前の分と合わせて一つにまとめ、自分自身の荷物にぐいとしまい込んだ。
テーブルを離れて窓際へ移動し、夜空を見上げてみても、ユーファの中で渦巻く疑問に答えが出ることはなかった。
――わたくしを無害な竜族だと思っているだろうこの人間は、わたくしが理不尽に他者の命を奪う暗殺者であると知ったら、どのような反応を見せるのだろう。
試合で対戦相手として相まみえたあと、声をかけた橄欖の実の名を持つ人間。
剣闘士の一人であると同時に、神に仕える聖職者の男性。
己の戦いを神に捧げると試合の際に口にしていた、神聖なる身の者。
この人間について、真っ先に思うことは『油断ができない』ことだ。
竜族であることを明かしたとき、害のない者の仮面をかぶるため、わたくしは『人を食ったことはない』と口にした。
すると、彼は『人を喰う者、人を好んで殺める者からは近づくだけで血の匂いがすると言う』と返してきた。
知識として知っているのか、それとも戦場かそれに近しい場所に身を置いていた過去があり、身をもって知っているのか――。
どちらなのか、今は情報が不足していてわからない。
が、少しでも依頼を受けて仕事をすれば、この人間にはきっと正体を気づかれる。
……幸い、無害な竜族であるとごまかせたが……ただ者ではないだろう。
それから、彼の言葉を聞いていると不思議とさまざまなことに答え、話したくなる気分になる。
おそらくだが、これが『聞き上手』ということなのだと思う。
故に、何を話し、何をごまかすか、頭の中で一度整理してから言葉を紡ぐ必要がある。
すでにいくつか嘘を重ねているが、勘のよさそうなこの人のことだ。
一瞬でも油断すれば、きっと重ねた嘘の存在に気づき、違和感を覚えるだろう……本当にこの人間はただの聖職者なのか疑いたくなるものがある。
酒精にも強そうだから、酔わせて情報を聞き出すのも難しいと予想する。
ともに酒を酌み交わすのは良き時間になるが、情報を聞き出して正体を探りにくいというのは少々厄介。
武術の腕前もかなりのもの。
はじめて出会った日以降も何度か試合で刃を交えたが、ステッキを使った戦術にはいつも翻弄されている。
わたくしが身につけた技術が『殺すため』の技術であれば、この人間が扱う武術は『殺さず生かす』武術であるように感じる。
しかし、再戦の約束をしたときは神に仕えるようになってから扱うようになった武器を――とも口にしていた。
……つまり、扱える武器を二種類持っているということなのだろうか。
どのような武器を扱うのかは現時点では不明だが、かなりの腕前であることは確かだろう。
……善人か悪人かで言えば、善人であることは間違いない。
けれど、端々から感じるただ者ではなさそうな雰囲気、掴みどころのない雰囲気をどうしても警戒してしまう。
こちらが竜族……竜種亜人であることを知っても冷たい目を向けなかった辺り、悪い人間でもないのだと思う。
……わたくしを無害な竜族だと思っているだろうこの人間は――……。
――――――――。
――――――。
――――。
――。
己の思考を整理するための文章を綴る手を止め、改めて頭から読み直す。
こうして胸の内を可視化してみると、自分はこの人間に対してはずいぶんと警戒心を抱いているらしい。
だが、同時に過ごした時間を楽しいと感じた自分自身もいるのがわかって――自分のことなのに、自分の心の内がわからなくなりそうだ。
わずかに瞼を落とし、ユーファは小さくため息をこぼす。
「……こんなにも不可思議な気分になるのも、わたくしが嘘を重ねているからでしょうが……」
最初から嘘を重ねていなければ、このような気分にはならなかったに違いない。
だが、嘘を重ねるのはユーファの正体を隠すために必要なことで、癖として染みついてしまったことで――嘘を重ねずに言葉を交わすのは、きっと難しい。
こんな気分になるのも、共有する時間を楽しみたい自分と彼の存在を警戒してしまう自分で分かれてしまうのも、全ては自分自身のせいだ。
「……」
浅く息を吐き出し、傍に用意していた茶を飲み干してから、最後の一文を書き記す。
インクが十分に乾くのを待ってから、己の思考を書き記した紙を以前の分と合わせて一つにまとめ、自分自身の荷物にぐいとしまい込んだ。
テーブルを離れて窓際へ移動し、夜空を見上げてみても、ユーファの中で渦巻く疑問に答えが出ることはなかった。
――わたくしを無害な竜族だと思っているだろうこの人間は、わたくしが理不尽に他者の命を奪う暗殺者であると知ったら、どのような反応を見せるのだろう。