RECORD

Eno.53 オルヴァン・フォンスの記録

自分もまた演者であった

海を渡った先の大陸、その奥地にある長い、長い階段を登った果てにその門は存在していた。
門であり、扉であり、そして境界──
「魔界の門、遙か未来になれば壮大なオブジェにしか見えんかもしれんな」
「はい」
オルヴァンを含めた数名の責任者、計画立案者、極秘で協同で準備を進めていた魔術協会員、護衛。そこそこの人数を伴い、遂に第二計画は行われる事となった。
「協会員である彼等とと共に長官は門を媒介に転移術を使用する、その際に長官は術本体の構築は枠組みの補助をしながらメインではお前自身の魔力特性を通してもらう……対象のイメージは明確だな?」
「あとは実践のみと言うべきでしょう」
生前のユーリ・メルクスから採取された血に、ユーリ・メルクスの儀式に使用した毒を希釈した状態で混ぜて飲む、これを3日に1度のサイクルでそれを繰り返していた。
この行為そのものにどこまでの意味があるのかは分からないが、血の触媒としての質は術師であれば当たり前に知るところだろう。この血を通して、信仰の集まった人間、引いては呼び出すべき存在である神に至る一点の光明が見えればその対象へのイメージが明確となる。
「よし、では始めよう。我々の悲願をなす為に」
それを合図に配置につけば、詠う様に、合唱する様にそれは始まる。

時を超え空を裂く
人の超えてはならぬ領域人ならざる者に肯定されし──


声よ 請えよ
越えよ 超えよ
我が身は瞬きし時 手を伸ばせど 既に存在せず それは遠きに逝く
全てを飛び越え 置いて行き 走り抜け 魔の使役する時空を超える門


転移術、通常人類の魔力量では使用すれば発動するしない以前に魔力不足で死に至るほどの術式。
門を使って発動すると言う前提があったとしても今唱えてる者が助かるかどうかは分からない、無論オルヴァンも含めて。
これが成功すれば魔界侵攻が開始される。神への想いを胸にしているからこそ立案された侵攻計画。その末に異なる神を呼び出さんとするという荒唐無稽さと、不敬について目を瞑られ、多くを犠牲にしてここまで至った計画。
ついに終止符なのか、或いはこれが序章なのかは──

「──長官、何をしている」

だが、男はその手を止めた上で儀式用の短剣を自分の喉に当てていた。殺傷力の低い物ではあるが、武器としての体を成している以上その喉に突き立てればどうなるかは明白だった。
「もう一度聞く、何をしている、フォンス長官」

「……自分がいなければ、自分の術式がなければこの計画は失敗に終わる」
この男はこの時舞台に立つ為にマリス騎士団に身を置いていた。
「世界は、混沌の中にあります。神を生む為の儀式、首都壊滅、どれも民を恐怖させ、混乱させるには十分すぎる事件です。なので…どうか、どうか、今はその只中にある人々の為に組織としての力を、人員を、志を…どうか」
「何を馬鹿な、その為にこの計画を通したのだぞ!!今すぐ己の役割に戻れ!!」

「……それは出来ません」

最初から、この計画には反対だった。
しかし、組織の一員でしかないものが間違ってる、おかしい、と叫んだところでおおきな流れは何も変わらない。変えられはしない。
それでも改革を進めた若人とその国の末路は見た、正しいが故に世界は動くわけではない。全ては海の様に、川の様に、大きな流れの下動く。
男は、オルヴァンはそれ故にこの時に計画を壊す以外の道は浮かばなかった。早い段階で自害をしたところで防衛の指揮はどうやるか、加えて自害が早いほどに計画までの時間がある分だけ代替となる人材を見つけてしまうかもしれなかった。やってきた準備を、計画を、壊すにはこの瞬間をおいて他にはなかった。その為にはここに至る必要があった、当然叛意があるなんて事は悟られてはならず、第二の計画の漏洩の時の様にこのオルヴァンの方法やその真意やその最中の感情すらも誰かに少しでも知られれば上の知るところとなる。
加えて、この計画が可決される程度には心から賛成していた人間は相応数がいた、無論部下の中にも。
故に、この日、この時に死ぬ為の準備で自分の人格がどれだけ疑われようが些末な事だった。
後世の歴史家とやらにどんな風に書かれようとも。

後悔があるとすれば

(そういえば、もうすぐ姪が産まれる予定だったか…)

叔父として姪っ子を抱っこする事だけだった。

「英雄神テイアスに栄光を」