Eno.241 ひとつの星

■ 長財布の中身を、覗いて見ますか?

あなたが犬が所持をしていた長財布を開くと、中身は、
濡れた万札が24枚、コイントスができる小銭、免許証が入っていた。

免許証を見ると、『村上セイコ』の名前が書かれている。
六十代前後の女性の顔写真があることから、『村上セイコ』の免許証だ。
免許証に記載されている生年月日:1935年(昭和10年)7月7日
(2022/8/14であれば)87歳
生年月日を今日の日付で計算しても、八十歳以上の高齢者だとわかるだろう。

あなたが、免許証のカードを裏返すと

裏面を埋め尽くすような黒いインク。
油性マーカーで、不明瞭な、文字なのか判別できない記号が沢山書かれていた。
辛うじて、読めるものがあるとすれば。子供のような書き方で、日本語でこう記されている。

『イヌ アゲル』

『ル』の文字の、右側のレの部分が、横に伸びている。視線を移した先に――紙幣にも、黒いインクが見える。

紙幣には、辛うじて読める箇所だけ上げるとすれば……

『コワイ』
『セイコです』
『オトウサン』
『ごめそ、あーーーー』
『はな』
『イタイ、イタイ』
『イキテ』
『ズット』
『ああーー〜ー』
『ワタシアナク』
『あんこ、元気』
『タカラモノ』
『あんこ』
『ダイスキ』
『イッショヨ』
『うみに、いきマショウ』
『ココドコ』
『あんこを、よろしくお願いします』

……以上、だ。調べるものは、もうなにも、ない。
質問があれば、天にでも訊ねてもよい。
この情報の開示も、自由だ。

「……ねえシリウス。お前、ホントはあんこって名前なの?」
「わんっ! わんっ!」

あなたの、あんこ、という言葉が
元々あったスイッチのように、即座に吠えた!

すごいね、どうして、ぼくのなまえが
わかったのー?!

「わん!」

あなたの冗談めかした顔が、なんかなー、と思いながら。笑って、と命令されたのだと、犬は勝手に解釈したのか――

ぼくの笑顔が、きらめいてるよ!

なーんて、張り合うような微笑みを、あなたに披露した。

あなたは、止まってないのだから。
ぼくは、笑顔を与え続けるね。
よくわからないけど、ありがとう、ハク。

じー、じー……。
   「“ありがとう”」
           かち、かち……。

あなたの声が聞こえる。
「これ、え〜ーー、は、“みず”」

何度も、ぼくにおしえてくれたよね。

「“ありがとう”〜……ねぇ……“あんこ”ぉーー……」

あなたが、歩けなくて、いたいいたいって言ってた。
ぼくも、おさんぽがしたかったんだよね。
とっても、
とっても、
たのしかった!
あなたが、だきしめたときのこと。
ぼくは、おぼえてる。
ぼくの、だいすきな、“おと”だよ。

カチッ。

あなたが、止まったとき、だいきらい。
だって、あなたからの“わらって”が聞こえないから。
そして、ぼくたちは、“みず”に抱きしめられたのさ。


ぼくたちは、大丈夫だよ。止まらないさ!
コインよりも、時計よりも、


ぼくを信じて!