Eno.379 シスター・リーリャ

■ I was led astray by bad directions.

私が産まれたのは、地方のよくある中核都市で――
市街地の外には、農村が広がっている、よくある田舎町だ。
都会程、店や物はないが、必要な物は大体手に入る。

毎週日曜日は、教会に通っていたが、
我が家が敬虔な信徒であった訳ではない。
あの街に住んでいた人間は、ほとんどがそうだった。
農村部は家と家とが離れている都合、
週末くらいは人と逢って親交も深めたいし、情報交換も行いたい。
車を持っていない子供にとっては、
同じ街に暮らしていても、友達の家がとんでもない距離だったりするのだ。

しかし、あの優しい神父様の笑顔も
なかなかの歴史があったという教会の建物も
今は記憶の中にしかない。
あの日、全てが、燃えてしまったのだから。

結局のところ、私がシスターをやっているのは、
戦災孤児で、教会に拾われ、なりゆきでそこで育てられたからだ。
確固たる目標や理想があって、この職に就いた他のシスターと私は違う。
器用に表面を取り繕い、期待された聖職者の仕事を行う。
いや、教えが尊ければ、その教えだけで尊重されるべきモノとは考えている。

ただ結局のところ、私が強い信仰心を持てないのは、
あの日の『出来事』……が、心のどこかで引っ掛かり、
その信仰に確信を持つ事ができないからだ。

信仰と信仰の対立――
正義を建前に弱者を、敵対者を踏み躙る、狂気。
人の暴走、弱さ、愚かさ、矛盾――

あの時、あの日、あの頃――
一度は教会に避難した私達だったが、
そこが安全な場所でない事を悟った私達は逃げてしまった。
賢いとか、愚かという話ではない。
逃げれる手段と行動力が偶々あったに過ぎないのだから。

ただ、神父様は教会に集まった子供達――
予兆はあったにせよ、突然の惨劇で親や兄弟を喪って避難した子供達、
彼らを教会で保護した。
それだけの人数を彼一人で安全圏まで連れて逃げる事はできない。
車に乗れる、ほんの数名だけを選ぶなんて事はできる筈もない。
だから、神父様達は立て籠もる道を選んだ。
それが終わりの始まりである事を理解していたかは知らない。
ただ、脱出に必要なガソリンを分けてくれた時の彼の瞳はよく覚えている。
彼は、教会の貯蓄物資を脱出者に僅かだが、分け与えてくれた。
燃料は脱出の為だけでなく、発電機を動かす為にも使う。
それは、とても大事なモノだった筈だ。

彼がどうなったかは知っているが、彼の最後を直接見た訳ではない。
しかし、その彼の最後の話はよく知っている。

内戦の中、対立する民族主義者の武装グループに襲撃され、
教会は瞬く間に制圧されてしまった。
猟銃で応戦した大人もいたが、軍人上がりの民兵に勝てる訳もない。
神父様も拘束され、激しい暴行を受けた。

彼が大事に貯蓄し、人の為に使おうとしていた燃料――
その燃料を、彼が護りたかったもの、護るべき子供達――
その子供達を集めてふりかけ、火を放ち――
押さえつけられた神父様の眼前で、最期の叫びを上げた子供達。
嘆きと悲鳴と懇願と苦しみと断末魔――
   、、、
地獄の劫火を見せ付けられた神父様の顔は――

私の想像の産物でしかない。
惨劇の記憶を後から知らされただけなのだから。
憎むべき実行グループの連中に。
そう、結局、私達の逃亡劇も失敗に終わったのだ。
でなければ、彼らから笑いながら、
神父様の最後を聞かされるはずもないだろう。

その後にも続いた複数の惨劇も忘れられない胸の痛みではある。
しかしながら、顔のない――
その時の顔を知らない――
神父様に待ち受けていた運命と絶望と理不尽。

惨劇の記憶――
燃える子供達――

それを考える度に、私の信仰心というものは、
ぐちゃぐちゃになって、わたくしは迷ってしまうのだ。
そして今も私はずっと迷子のままなのだ。


わたしは、迷子のまま生きていて――
流れ着いた島で、やはり迷子の青年に出逢った。
高位の聖職者に似た雰囲気を纏った彼は、神の加護などないと云う。
背教者か何かの彼にだけ加護はないのだろうか?
それとも、人そのものに?

迷子と迷子――

しばらく一緒に道に迷ってみるのも悪くはないかもしれない。
信仰心では彼を助けられないかもしれないが、
純然たる知識という意味なら、恐らく、わたしは彼にお節介を焼けるのだ。

それは、炊き出しのパンを焼くより、
面白い結果に辿り着けるかもしれない。

わたしは迷子なので、やはりどこにも辿り着けないかもしれないけれど。
ピーターパンにだってティンカーベルがいるのだ。
私も誰かの横で歩くくらいは、赦されるだろう。

いや、赦す赦されるではなく、自分の意志で――
自分の選択で、迷うのだ。

どんなに良くない選択肢であろうと運命に導かれる訳ではない。
それは配布された手札からの選択、自分の選択の積み重ねに過ぎない。
せめて、そう思いたいものだと――


だから、あなたに――