RECORD
Eno.251 鳴宮優希の記録
【事前日記 “ユウキ”の天秤】
【0-1 わるいこ、わるいこと】
◇
「勇気を出せる子になりなさい」
「誰よりも正しい子になりなさい」
「お前は生まれた時から間違っているのだから、
人一倍、頑張らなければならないのです」
鳴宮優希は、幼い頃からそう言われて育っていた。
鳴宮の家は名門らしい。
優希はその長子として生まれたのに、女の子だった。
だから優希は生まれながらに
大罪を背負っているらしい。
それ故に優希は、その罪を償わなければならないらしい。
「生まれ間違えたお前は男の子の格好をするべきよ」
「そしてお前は、誰よりも優等生になるのよ」
「この私を、安心させなさい」
「それがお前の義務であり、宿命なのです」
「私は、そんなお前でも愛しているのですよ」

幼い優希は頷いた。
悪い子なら、つみびとなら、頑張らなくちゃな。
真面目な子だったから、努力なら出来た。
天才ではなかったものの、
彼女は確かに秀才ではあった。
そして他の家の環境を知らなかったから、
母親のこの教育方針がおかしいとは思わなかった。
だから遊ぶのも知らないままに、
幼稚園の頃からひたすらに、お勉強を頑張ってきたのだ。
優希には結華という妹がいた。
彼女は可愛く可憐な女の子で、愛されていた。
お前もこの子を愛すべきだと言われたから、
優希は両親がするのを真似して妹を愛した。
そうしたら妹は無邪気な笑顔を見せてくれた。
優希は生まれながらに罪を背負っているから。
妹みたいに愛されないのが当たり前で、
誰よりも優秀な成績を修めなければならないのが当たり前で。
それを苦しいと思ったとしても、
泣くことなんて許されなかった。

あぁ、だけれどただひとり。
そんな優希を罪人と扱わず、
大切にしてくれる人が、居たのだ。
「優希、疲れたろう。飴でも舐めるかい?」
「優希、休みなさい。
君はもう今日は充分に頑張ったろう」
優しい声を掛ける、その人は。

優しくされるたび、
優希は不思議そうにしていた。

「…………優希」
その日。
父親、鳴宮裕介は、
優希と目を合わせて真面目な声で言ったのだ。
「……誰だって、幸せになって良いんだよ。
お母さんはああ言っているけれどね、
優希は悪い子なんかじゃないよ」
「でも だって おかあさまが──」
「お父さんが、それを否定してあげよう」
幼い優希。抱きしめられた。
その温もりに驚いて、
その温もりを尊いものと幼いなりに感じて、
優希は泣きそうになっていた。
だめだよ なくのは わるいこと。なのに。
優しい声は、凍えた心を溶かすように。
「今まで、よく頑張ってきたね。
優希は真面目で偉い子だよ。
君が望むなら、お父さんが優希と──」

されど、そこで平和は破られた。
幼い優希が怯えた顔して見上げた先、
鬼の顔した母親が立っていた。

「優希も君がお腹を痛めて産んだ子だろう?
よくそこまでのことを出来るよね、君は!」
そして夫婦喧嘩が始まった。
幼い優希は目を閉じて耳を塞いで、
部屋の隅にうずくまった。
──ごめんなさい。
──わたしが わるいこ だから。
──だから けんかが おきたんだ。
優しくされることが怖くなった。
また喧嘩が起きるのが嫌だった。
だから優希は父親を避けるようになった。
優しさも温かさも知らないし要らないから、
お願い、わたしに構わないでよ。
──ぼくは わるいこ。
──あいされるのは わるいこと!
自己防衛。強く、強く。
愛される勇気なんて持てなくて。
その天秤は、大きく傾いたまんま。
【0-1 わるいこ、わるいこと】
【事前日記 “ユウキ”の天秤】
【0-1 わるいこ、わるいこと】
◇
「勇気を出せる子になりなさい」
「誰よりも正しい子になりなさい」
「お前は生まれた時から間違っているのだから、
人一倍、頑張らなければならないのです」
鳴宮優希は、幼い頃からそう言われて育っていた。
鳴宮の家は名門らしい。
優希はその長子として生まれたのに、女の子だった。
だから優希は生まれながらに
大罪を背負っているらしい。
それ故に優希は、その罪を償わなければならないらしい。
「生まれ間違えたお前は男の子の格好をするべきよ」
「そしてお前は、誰よりも優等生になるのよ」
「この私を、安心させなさい」
「それがお前の義務であり、宿命なのです」
「私は、そんなお前でも愛しているのですよ」

「……はい、おかあさま」
幼い優希は頷いた。
悪い子なら、つみびとなら、頑張らなくちゃな。
真面目な子だったから、努力なら出来た。
天才ではなかったものの、
彼女は確かに秀才ではあった。
そして他の家の環境を知らなかったから、
母親のこの教育方針がおかしいとは思わなかった。
だから遊ぶのも知らないままに、
幼稚園の頃からひたすらに、お勉強を頑張ってきたのだ。
優希には結華という妹がいた。
彼女は可愛く可憐な女の子で、愛されていた。
お前もこの子を愛すべきだと言われたから、
優希は両親がするのを真似して妹を愛した。
そうしたら妹は無邪気な笑顔を見せてくれた。
優希は生まれながらに罪を背負っているから。
妹みたいに愛されないのが当たり前で、
誰よりも優秀な成績を修めなければならないのが当たり前で。
それを苦しいと思ったとしても、
泣くことなんて許されなかった。

(だから ゆいかに むける
この くろい きもちも しまって おこう)
あぁ、だけれどただひとり。
そんな優希を罪人と扱わず、
大切にしてくれる人が、居たのだ。
「優希、疲れたろう。飴でも舐めるかい?」
「優希、休みなさい。
君はもう今日は充分に頑張ったろう」
優しい声を掛ける、その人は。

「……おとうさま」
優しくされるたび、
優希は不思議そうにしていた。

「ぼくは わるいこ なのに。
どうして やさしく するの?
わるいこは しあわせに なっちゃ いけないんだよ」
「…………優希」
その日。
父親、鳴宮裕介は、
優希と目を合わせて真面目な声で言ったのだ。
「……誰だって、幸せになって良いんだよ。
お母さんはああ言っているけれどね、
優希は悪い子なんかじゃないよ」
「でも だって おかあさまが──」
「お父さんが、それを否定してあげよう」
幼い優希。抱きしめられた。
その温もりに驚いて、
その温もりを尊いものと幼いなりに感じて、
優希は泣きそうになっていた。
だめだよ なくのは わるいこと。なのに。
優しい声は、凍えた心を溶かすように。
「今まで、よく頑張ってきたね。
優希は真面目で偉い子だよ。
君が望むなら、お父さんが優希と──」

「──あなた、何をしているのです!」
されど、そこで平和は破られた。
幼い優希が怯えた顔して見上げた先、
鬼の顔した母親が立っていた。

「優希は私の期待に応えられなかった
悪い子なんだから、優しくしないで!」
「優希も君がお腹を痛めて産んだ子だろう?
よくそこまでのことを出来るよね、君は!」
そして夫婦喧嘩が始まった。
幼い優希は目を閉じて耳を塞いで、
部屋の隅にうずくまった。
──ごめんなさい。
──わたしが わるいこ だから。
──だから けんかが おきたんだ。
優しくされることが怖くなった。
また喧嘩が起きるのが嫌だった。
だから優希は父親を避けるようになった。
優しさも温かさも知らないし要らないから、
お願い、わたしに構わないでよ。
──ぼくは わるいこ。
──あいされるのは わるいこと!
自己防衛。強く、強く。
愛される勇気なんて持てなくて。
その天秤は、大きく傾いたまんま。
