RECORD

Eno.251 鳴宮優希の記録

【0-5 断罪のはじまり】


【0-5 断罪のはじまり】

  ◇

 父親が事故死して2年。
 鳴宮の家に、近衛という男がやってきた。

「優希、結華。
 新しくお父さんになる、涼也さんよ。
 挨拶してね」


 その男は、どこか軽薄そうな雰囲気だった。
 優希がよろしくお願いしますと挨拶すると、
 にっこり笑顔を返した。

 その日から、新しい父親との生活が始まった。
 前の父親が死んでまだ1年しか過ぎていないのに、
 母親は前の父親のことなんて忘れて、
 この新しい男に夢中なようだった。

 それが当たり前なのだと理解したから、
 優希もそのように、
 前の父親のことなんて意識の中から外した。

 けれどこの男は。
 家族に暴力を振るえる男だったんだ。


 元からあまり良くなかったけれど前の父親のお陰で
 何とか保たれていた家庭環境は、一気に崩壊した。

 新しい父親、近衛涼也は家ではいつも不機嫌で、
 優希にも結華にも怒鳴り、暴力を振るった。
 優希が幾ら良い子にしていても、
 気紛れでそのようなことが起きた。
 母親は結華の方をこそ庇ったが、優希の味方は居なかった。

──仕方ないよね、僕は悪い子なんだから。

 殴られても涙ひとつ流さず反抗もせず
 虚無になっている優希。
 その隣で結華は泣いて叫んで殴り返して、
 問題を大きくしていた。
 そうしているうちに、結華は赦されるようになってきていた。

 疑問、ぽつり。

──どうして?

 暴れて赦される結華を見て。
 自分よりも可愛がられる結華を見て、
 疑問が浮かんだ。

──結華も悪い子のはずなのに、どうして、赦される?
 どうして、僕みたいに断罪されない?

──ずるいよ。

 黒い感情、ぐるぐると。
 だけど可愛がられている結華を断罪したら、
 自分はもっと殴られると分かっていたんだ。

──どうして?

 ならば、他の人間を断罪しよう!
 学校で悪いことしてる奴らは、先生に報告してやろう!

 心の悪魔に気付かない。
 心の悪魔を制御し切れない。
 中学生になった優希は確かに優等生ではあったが、
 クラスメートたちの絶対的な敵としても立ちはだかった。
 嫌われた彼女は虐められたが、
 悪いのはみんなの方なのだと信じて疑わず、折れなかった。

 正義を掲げましょう。
 正義の名の元に悪を滅しましょう。


 そうでもしないと、僕がここまでの制裁を受けて、
 結華が罰せられない現実に耐えられない。

 些細な悪も見逃さずに報告するから。
 誰よりも正しい人間になるから!
 そうしたらお母さま、
 新しいお父さま、僕を認めてくれるよね。


 その正義が歪んでいること、気付けなかった。
 誰もそれを指摘してくれなかった。
 だから優希はそれを抱えたまんま、学校生活を突き進んだ。
 それこそが、正義を執行する己こそが正しいのだと、
 盲目的に、強迫的に、信じ込んで。

(──僕こそが、正しいんだ!)


 今更泣いて謝ったとしても、もう遅いんだ。
 悪いことした子は断罪されるべき。
 そして僕はそれを、赦してはやらない。

 そんな優希は次第に母親から恐れられるようになってきた。
 それでも母親は優希を「悪い子」とし、
 おしおきをやめることはなかった。
 優希が幾ら断罪者になろうとも、
 「男の子に生まれてこなかった」という
 生まれながらの罪は消えなかった。

  ◇

 そしてある日から、結華が学校に行かなくなった。
 学校で色々とあったみたいだった。
 そんな様子を見て、優希は
 高笑いしながら結華を悪い子だと断罪した。
 結華に罵声と暴力を振るった。
 溢れかえる負の感情は、
 一度開いた地獄の蓋は、もう閉められなかった。

 だから優希は、もう一度、閉じ込められた。

「……お前の“正義”は、間違っているわ」


 母親の冷たい声。
 あの日と同じ、倉庫の暗闇に。
 扉に鎖と南京錠、掛けられて。

「そこで反省していなさい、
 優希。結華が学校に行けなくなったのには事情があるの。
 それをお前が裁いて良い理由にはならないわ」

 そこは、トラウマを思い出す場所。
 閉じ込められて、出してと叫んで。
 それでその鍵が開くことはなくて。

 疲れて眠ってその翌日に扉は開けられた。
 そしてもう、優希は断罪者であることもやめた。

 何が正解か分からなくなった。
 己の“正しい”を押し付けることは悪いことらしい。
 結華に当たるのも悪いことらしい。
 ならば胸の鬱屈は、存在しないことにして、見ないようにして。
 心を殺して“優等生”で居よう。
 それが望まれることならば、望まれるままで居よう。

 分かっていたことなのにな。
 泣きたいのは、どうしてなんだろう。

 憎悪なんて憧れなんて、殺した。
 そういうことに、したんだよ。

「それでもね、私はお前を愛しているのよ」


 母親の言葉が、心の上っ面を滑っていった。
 分かんないよ、愛なんて。