RECORD
Eno.370 和達 砂月の記録
File1:和達砂月のこと
和達砂月は、5月生まれの少女だ。
元々は艶やかな長い黒髪を背中に流し、絵本を好んで読むような、物静かでおとなしい子だった。
神秘なんてまったく知らない、関係ない、蝶よ花よと育てられた良家のお嬢様。
それが、
「はじめは、光が見えたんです」
今、目の前に座っているのは、髪をショートに切りそろえ、悲しみを瞳に湛えた女の子だった。
「光は、前から来ているようでも、後ろから迫っているようでもありました」
黒いと聞いていた髪は、褪せた緑っぽい髪になっている。
そう、髪を染めたのにどうしても上手く染まってくれなくて……結果、そうなってしまった色だ。
「その光は、逃げる間も無く、わたしたちを包んで……気が付いたら」
ぎゅ、とスカートの上で揃えた拳を握りしめる。
灰色の取調室のなかで、冷えた声が私に向けられた。
「家族は影だけを残して消え、わたしの右足も、このように」
白く長いスカートをたくし上げるようにずらす。鈍く銀色に光る、鋼でできた義足がそこにはあった。
それを見た私は、多分、哀れみの目を彼女に向けていたのだと思う。
だって、彼女は――彼女のくちもとは、微笑んでいた。
「ご心配なさらないで。もう慣れたんです」
スカートの位置を戻しながら、彼女は愛おしそうに右腿を撫でた。そこにはきっと、自分と作り物の足の境目があるのだろう。
「あれからわたしは親戚のおじ様とおば様に養子として迎えられて――学校にも行けて、きっと」
しあわせなのでしょう。
そう言って、微笑んだ。
「これで、わたしの話は一通り話したかと思います」
手を組み合わせ、彼女はどこか遠くを見た。
神はきっと、この瞬間も私たちを見ている。そう、小さくつぶやいた。
16歳にしてこの胆力は何だろう。
瞳は悲しみを湛えていても、その悲しみは、きっと自分には向けられていない。
彼女が言う光とやらにおそらく精力を奪われたのだろう。白っぽくなった髪は、彼女にどれだけ打撃を与えたのかがうかがい知れる。
なのに、ただの義足を選らばず、戦闘用にカスタマイズされたそれを選んだのはなぜか。
「あら~、もうこんな時間……。わたし、予定があるんです。もうお暇してもよろしいかしら~」
おっとりとした口調で、彼女は問うた。私も腕時計を見た。
学生は休日とはいえ、もう夕刻だ。
幾度となく繰り返されたやり取りだったが、彼女は嫌がらずに夕刻前までは付き合ってくれる。
まるでこれがひとつのお茶会だとでも言わんばかりの優雅さで、取り乱すことなく。
彼女――和達砂月は、神秘の被害者であり、神秘に対抗する一つの駒だ。
対抗する駒となったのは、彼女の意思だ。
一介のお嬢様に務まるとも思えない……そう思ったのは最初だけで、顔に似合わない膂力と、道場に通って覚えたのだという格闘術には目を瞠るものがあった。
特に右足から繰り出される蹴りは、練習用にと彼女が持ち出した木材をたやすく叩き割った。
彼女は「神秘に触れてしまった以上、立ち向かうのは当然の道理」と言って微笑んだ。
本当に、それだけだろうか。ボランティアが好きな彼女から出た正義心だけならば、良いが……。
たそがれ時に消えゆく彼女の背を見送りながら、もう暑くなってきたはずの空気に吹き込む冷たい風を、まるで彼女のようだと錯覚した。
元々は艶やかな長い黒髪を背中に流し、絵本を好んで読むような、物静かでおとなしい子だった。
神秘なんてまったく知らない、関係ない、蝶よ花よと育てられた良家のお嬢様。
それが、
「はじめは、光が見えたんです」
今、目の前に座っているのは、髪をショートに切りそろえ、悲しみを瞳に湛えた女の子だった。
「光は、前から来ているようでも、後ろから迫っているようでもありました」
黒いと聞いていた髪は、褪せた緑っぽい髪になっている。
そう、髪を染めたのにどうしても上手く染まってくれなくて……結果、そうなってしまった色だ。
「その光は、逃げる間も無く、わたしたちを包んで……気が付いたら」
ぎゅ、とスカートの上で揃えた拳を握りしめる。
灰色の取調室のなかで、冷えた声が私に向けられた。
「家族は影だけを残して消え、わたしの右足も、このように」
白く長いスカートをたくし上げるようにずらす。鈍く銀色に光る、鋼でできた義足がそこにはあった。
それを見た私は、多分、哀れみの目を彼女に向けていたのだと思う。
だって、彼女は――彼女のくちもとは、微笑んでいた。
「ご心配なさらないで。もう慣れたんです」
スカートの位置を戻しながら、彼女は愛おしそうに右腿を撫でた。そこにはきっと、自分と作り物の足の境目があるのだろう。
「あれからわたしは親戚のおじ様とおば様に養子として迎えられて――学校にも行けて、きっと」
しあわせなのでしょう。
そう言って、微笑んだ。
「これで、わたしの話は一通り話したかと思います」
手を組み合わせ、彼女はどこか遠くを見た。
神はきっと、この瞬間も私たちを見ている。そう、小さくつぶやいた。
16歳にしてこの胆力は何だろう。
瞳は悲しみを湛えていても、その悲しみは、きっと自分には向けられていない。
彼女が言う光とやらにおそらく精力を奪われたのだろう。白っぽくなった髪は、彼女にどれだけ打撃を与えたのかがうかがい知れる。
なのに、ただの義足を選らばず、戦闘用にカスタマイズされたそれを選んだのはなぜか。
「あら~、もうこんな時間……。わたし、予定があるんです。もうお暇してもよろしいかしら~」
おっとりとした口調で、彼女は問うた。私も腕時計を見た。
学生は休日とはいえ、もう夕刻だ。
幾度となく繰り返されたやり取りだったが、彼女は嫌がらずに夕刻前までは付き合ってくれる。
まるでこれがひとつのお茶会だとでも言わんばかりの優雅さで、取り乱すことなく。
彼女――和達砂月は、神秘の被害者であり、神秘に対抗する一つの駒だ。
対抗する駒となったのは、彼女の意思だ。
一介のお嬢様に務まるとも思えない……そう思ったのは最初だけで、顔に似合わない膂力と、道場に通って覚えたのだという格闘術には目を瞠るものがあった。
特に右足から繰り出される蹴りは、練習用にと彼女が持ち出した木材をたやすく叩き割った。
彼女は「神秘に触れてしまった以上、立ち向かうのは当然の道理」と言って微笑んだ。
本当に、それだけだろうか。ボランティアが好きな彼女から出た正義心だけならば、良いが……。
たそがれ時に消えゆく彼女の背を見送りながら、もう暑くなってきたはずの空気に吹き込む冷たい風を、まるで彼女のようだと錯覚した。