RECORD
Eno.251 鳴宮優希の記録
【0-6 陽の出ずる処に】
◇
優希は断罪者にはなれなかった。
無個性な“優等生”でいた。
好きなものも分からなくなって、
親の言いなりの操り人形になって。
心を殺した、感情に蓋をした。
そうしていくうちに、指示無しでは動けなくなっていた。
──勇気なんてものは、なかった。
そんなある日、彼女は不思議な世界に迷い込んだ。
その先で暗闇に包まれて
あの冬の日のトラウマを思い出した彼女の前、
剣と鞭を持った悪魔が顕現し、彼女を守った。

悪魔の名、胸に刻んだ。
悪を裁くオマエが居るなら、僕もいつかは救われるかな。
アラストルは、優希を取り巻く環境には
関心を示してくれなかったけれど。
天罰の悪魔が心の中にいるのなら、
いつか自分の行動の全てが肯定されるような、
そんな気がしていたんだ。
無口なアラストルは、最低限しか喋らない。
それは、優希しか知らない秘密。


この力を使う為の“鍵”を作った。
呼び掛けの言葉を設定し、
トラウマを呼び起こす為にハサミで自分の肌を切り裂いて。
そうしたら、嫌なことみんな忘れて正義に浸って、
不思議な世界で暴れられる。
困った時は、この鍵を心の鍵穴に。
南京錠の向こう、
ほんとうの“わたし”を呼び覚ますんだ。
そうやって暴れているのは楽しかった。
優希は自分の中の鬱屈を晴らすように、
己を正義と謳っては悪を断罪した。
不思議な世界に行く機会は、そこまで多くはなかった。
だからトラウマの力を、使い過ぎることもなかった。
壊れかけの己を自覚こそしていたけれど、
ずっとずっと目を背けている。
直視していたら、狂ってしまうでしょう?
◇

高校受験を考える頃、
優希は母親からそう言われた。
「陽出高等學校は色々と
自分の意思を示せる人間が多いみたいじゃない。
生徒自治が活発なところと聞いたわ。
お前はあまりに自主性が無さ過ぎるから、
陽出高に行って周りを見習ってきなさい」
「…………はい、お母さま」
誰のせいで、こうなったんだよ。
心を隠して、優希は頷く。
逆らうなんて選択肢、最初からない。
お母さまがそう望むのならば、僕はどんな所にも行きましょう。

唯々諾々、従っているだけの人生だ。
積もり積もったその虚ろ、殺されてきた自我と個性。
今更、埋められるとは思わないけれど。
あなたが、そう望むのならば。
僕は、何にだってなるから。
そして優希は勉強をした。
陽出高等學校に受かる為にただひたすらに。
優等生の優希なので
特に問題もなく受かって、そして春休み。
夜明け。喉が渇いてリビングに降りてきた優希。
電気をつけた。
結華の忘れ物らしい可愛いリボンを見つけた。
今はもうそれを身に付けようとは思わない。
それを好きだとも思わない。
何かを失ってしまったような気がして、
思い出そうと胸に手を当てた。
感情は、凪。
本当の父親が生きていた頃、
このリビングで抱きしめてくれたことを思い出した。
思い返せど、感情は凪。
何も見つからなかった、何も残っていなかった。
愛おしさも悲しみも消えていた。
だけれどそれこそがきっと“正しい”のだと、理解していた。
無くなったはずの心がそう言っているのを、
遠くで聞いていた。
疲れてないよ、これからも頑張るよ。
生まれた時から間違えていた。
生まれた時から罪を背負っている僕は、
誰よりも頑張らないと認めてもらえないし、
認めてもらいたいと願うことすらも悪いことなのかも知れないし。
それでも、それでも、頑張るよ。
ゴールの見えないマラソンでも、
走らないと生きていけないから。
そうして懸命に、息をして。
どこかで 幼いわたしが 泣いていた。
そんな わたしの 首を絞めて 殺したの。いらないから。

深呼吸。
カーテンを開ける。
外からはぼんやりと朝の光が見えている。陽出だ。
これから行く高校のことを、考えつつ。

さて、どうだろうな。
コップに水を入れて、
湧き上がる感情ごと、一気に飲み干した。
歪んだ天秤は、何処へ傾くのか。
少女は勇気を出せるのか?
それでも、陽は昇るから。
新しい一日は始まるから。

ぱちり、まばたき。
涙を朝日に乾かして。
泣いてないんだと自分に言い訳して。
早朝。少女は部屋に戻り、再び眠りについたのだ。
【“ユウキ”の天秤 完】
【0-6 陽の出ずる処に】
【0-6 陽の出ずる処に】
◇
優希は断罪者にはなれなかった。
無個性な“優等生”でいた。
好きなものも分からなくなって、
親の言いなりの操り人形になって。
心を殺した、感情に蓋をした。
そうしていくうちに、指示無しでは動けなくなっていた。
──勇気なんてものは、なかった。
そんなある日、彼女は不思議な世界に迷い込んだ。
その先で暗闇に包まれて
あの冬の日のトラウマを思い出した彼女の前、
剣と鞭を持った悪魔が顕現し、彼女を守った。

──アラストル。
悪魔の名、胸に刻んだ。
悪を裁くオマエが居るなら、僕もいつかは救われるかな。
アラストルは、優希を取り巻く環境には
関心を示してくれなかったけれど。
天罰の悪魔が心の中にいるのなら、
いつか自分の行動の全てが肯定されるような、
そんな気がしていたんだ。
無口なアラストルは、最低限しか喋らない。
それは、優希しか知らない秘密。

「罪には罰を、悪には報いを」
「これより、正義を執行する」

「──顕現せよ、アラストル!」
この力を使う為の“鍵”を作った。
呼び掛けの言葉を設定し、
トラウマを呼び起こす為にハサミで自分の肌を切り裂いて。
そうしたら、嫌なことみんな忘れて正義に浸って、
不思議な世界で暴れられる。
困った時は、この鍵を心の鍵穴に。
南京錠の向こう、
ほんとうの“わたし”を呼び覚ますんだ。
そうやって暴れているのは楽しかった。
優希は自分の中の鬱屈を晴らすように、
己を正義と謳っては悪を断罪した。
不思議な世界に行く機会は、そこまで多くはなかった。
だからトラウマの力を、使い過ぎることもなかった。
壊れかけの己を自覚こそしていたけれど、
ずっとずっと目を背けている。
直視していたら、狂ってしまうでしょう?
◇

「お前は陽出高等學校に行きなさい」
高校受験を考える頃、
優希は母親からそう言われた。
「陽出高等學校は色々と
自分の意思を示せる人間が多いみたいじゃない。
生徒自治が活発なところと聞いたわ。
お前はあまりに自主性が無さ過ぎるから、
陽出高に行って周りを見習ってきなさい」
「…………はい、お母さま」
誰のせいで、こうなったんだよ。
心を隠して、優希は頷く。
逆らうなんて選択肢、最初からない。
お母さまがそう望むのならば、僕はどんな所にも行きましょう。

──だって、“良い子”だから!
唯々諾々、従っているだけの人生だ。
積もり積もったその虚ろ、殺されてきた自我と個性。
今更、埋められるとは思わないけれど。
あなたが、そう望むのならば。
僕は、何にだってなるから。
そして優希は勉強をした。
陽出高等學校に受かる為にただひたすらに。
優等生の優希なので
特に問題もなく受かって、そして春休み。
夜明け。喉が渇いてリビングに降りてきた優希。
電気をつけた。
結華の忘れ物らしい可愛いリボンを見つけた。
今はもうそれを身に付けようとは思わない。
それを好きだとも思わない。
何かを失ってしまったような気がして、
思い出そうと胸に手を当てた。
感情は、凪。
本当の父親が生きていた頃、
このリビングで抱きしめてくれたことを思い出した。
思い返せど、感情は凪。
何も見つからなかった、何も残っていなかった。
愛おしさも悲しみも消えていた。
だけれどそれこそがきっと“正しい”のだと、理解していた。
無くなったはずの心がそう言っているのを、
遠くで聞いていた。
疲れてないよ、これからも頑張るよ。
生まれた時から間違えていた。
生まれた時から罪を背負っている僕は、
誰よりも頑張らないと認めてもらえないし、
認めてもらいたいと願うことすらも悪いことなのかも知れないし。
それでも、それでも、頑張るよ。
ゴールの見えないマラソンでも、
走らないと生きていけないから。
そうして懸命に、息をして。
どこかで 幼いわたしが 泣いていた。
そんな わたしの 首を絞めて 殺したの。いらないから。

「…………」
深呼吸。
カーテンを開ける。
外からはぼんやりと朝の光が見えている。陽出だ。
これから行く高校のことを、考えつつ。

「……いつか、わたしの夜も、明けるのかな」
さて、どうだろうな。
コップに水を入れて、
湧き上がる感情ごと、一気に飲み干した。
歪んだ天秤は、何処へ傾くのか。
少女は勇気を出せるのか?
それでも、陽は昇るから。
新しい一日は始まるから。

「…………」
ぱちり、まばたき。
涙を朝日に乾かして。
泣いてないんだと自分に言い訳して。
早朝。少女は部屋に戻り、再び眠りについたのだ。
【“ユウキ”の天秤 完】
