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【報告書】AAA-A3129:蛇蝎妖
羅生門 管理報告書保管庫より (https://wdrb.work/otherside/area.php?list=8&p_id=NTUwMWEwMjdhN2I4)
【管理番号】AAA-V3129 → AAA-A3129
【オブジェクト名称】蛇蝎妖
【担当者】XXXXXX
【オブジェクト属性】漏刻
【収容管理プロトコル】未収容 隔離に緊急性なし
【観察報告】
AAA-A3129 は、「蛇蝎」という嫌悪語の概念的具現と推測される怪奇存在。自身を「瀧守 伊万里(たきもり いまり)」と名乗る。
通常は30代程度の人間男性に酷似した姿を取り、和洋折衷の衣類を纏っている。
本来の姿は未確認だが、存在すること自体は確認済み。
AAA-A3129 の主要な神秘性は、「他者への悪意的干渉を自らまたは周囲に行使・伝播させる」性質である(詳細は補遺-1を参照)。
AAA-A3129 は他者に対して嫌がらせ・破壊的干渉を加えることを欲求として内包しており、
これを抑制することに強い心理的ストレスを感じる様子が観察されている。
この傾向は生理的衝動に近く、対象にとっては自己同一性の一部であると推定される。
AAA-A3129 自身もこの神秘性を認識しており、
人間への過剰な加害は「排除」や「封印」の対象となることを自覚しているため、ある程度の制御を行っている形跡がある。
(脅威度がVからAに変更されたのは、このことが確認されたため。)
AAA-A3129 は、██県██地方、瀧守(たきがみ)村で記録されていた
「呪禁によって繁栄を得る村落信仰」と関係があると考えられている。
当該地域では、外部との対立を演出し、敵対者の破滅によって内部の結束と利得を確保する文化が確認されており、
AAA-A3129 はその憎悪と犠牲による繁栄の象徴的存在とみなされていた。
村落は幕末期に複数の報復的攻撃によって滅びており、以後、AAA-A3129 は単独で放浪を続けていると推測される。
対象は現代の人間社会に順応しており、不定期に都市部へと出現する。
なお、大正期には文学者・芸術家・神秘学研究者等との接触記録が残されており、
中にはAAA-A3129 の存在をモデルとしたとされる作品も存在する(詳細は補遺-2参照)。
◆補遺-1:能力概要(抜粋):
AAA-A3129 は、「蛇蝎」という語が持つ文化的・神話的イメージに基づいた異能的性質を有していると考えられる。
具体的には、対象の精神や身体に対し軽度の害意ある干渉を行う能力群を有し、以下のような影響が確認されている:
・微細な不運の誘発(物品の紛失、誤解による口論など)
・特定のトラウマ記憶や不快感情の想起
・対象周辺における持続的な身体的疲労・疼痛を伴う領域効果の展開
・精神的疲弊や苛立ちを蓄積させる言語・非言語的干渉の連続発生
これらの能力は、いずれも即時的かつ致命的な影響を与えるものではないが、
長期的な心理的圧迫・関係性の破壊・判断力の低下などをもたらすことがあるため、戦術的・社会的に重大な脅威足り得る。
ただし、AAA-A3129 によるこれらの干渉は、対象が一定以上の精神的・身体的耐性を有する場合、
著しく効果が低減する傾向が観察されており、強固な意志や経験を持つ個体には通用しにくい。
◆補遺-2:AAA-A3129 と大正期芸術運動との関連性
20██年、民俗学者である██研究員によって発掘された大正期の手記・書簡群の中に、
AAA-A3129 に酷似した人物と関わったとされる複数の芸術家の記録が存在することが確認された。
対象は当時「名もなき旅人」「緑衣の観察者」「野分(のわき)」などと形容されており、表立っては創作活動に関与していないものの、
その人物との出会いが芸術家の創作意欲や主題に深い影響を及ぼしたという証言が散見されている。
特に以下の記録が注目に値する:
・某前衛画家の手記には、「一度も筆を持たなかったが、彼の隣に座っていると、
自分の描こうとしていた“苦悩”が、言葉を持ったようだった」とある。
・新興詩派の詩人は、「彼の語る“村”の話は、悪夢の中でだけ咲く睡蓮のようだ」と述べ、後に「蛇蝎」という詩集を刊行している。
・仏教美術研究者の中には、AAA-A3129 との対話の後に「蛇蝎と菩薩の不可分性」という論文を発表しており、
一部の密教系団体から神格としての接触記録も挙がっている。
AAA-A3129 本人にこれらの関係性について尋ねたところ、
「彼らは勝手に己に近付いて来て、勝手に創作活動に励んでいただけ」
「己は彼らのことを好んでいなければ、彼らの作品のことも何とも思っていない」
と否定的な態度を取っている。
しかし、芸術及び芸術家についての会話ログとその他の会話ログを比較するに、1.2倍程度の発話速度の上昇が確認されており、
報告者は対象の中に抑圧された美学的関心、あるいは創造性への共鳴が存在する可能性を指摘している。