RECORD
Eno.1066 水底しずねの記録
4
現実の中に生きる私にとって、醒めない夢を求めてそれを作り上げることは難問だ。
常に渦巻き続ける思考の匣としてこの肉体があり、そのさらに外側を囲うように社会がある。
そこでは夢想にまどろみ続けることは許されていない。必ず朝が私のことを迎えにくる。
──思考の深海。その向こう側では、すべてが反対向きになるのだと考えていた。
ちょうどこの星が丸くできていて、この地面の遥か先にある裏側にも同じく人の営みがあるのと同じように。
どこかに必ずある線を越えてしまえば最後、立つ時に頭を向ける方向が逆になり、朝と夜が入れ替わる。
善であることと悪であること、価値のあることと無いこと……生きることと死ぬこと。きっとそれらも裏返る。
すなわち、私という人間にとって、夢の中を泳ぎ続けることこそが現実としての正しい在り方になる。
その境界線があるのではないだろうかと、あるいはあってほしいと、暗い海の中を探し続けているのだ。
けれど、そんな奈落への旅は必ず一瞬のうちに遮られる。
スマートフォンの目覚ましによって、日光によって、鳥の囀りによって。
自分でも意外なことに、私はこの不変の事実に対してそこまでマイナスな感情を抱いているわけではない。むしろ、そうであるべきなのだと考えている。
今はまだ『深海からの生還』と呼ぶことのできるこの時限があるからこそ、水底しずねという人間はどうにか思考の匣を保つことができているのだ。
……。
もしも私が深海の果て、星の裏側に立つことができたのであれば。
鳥の声が、目覚ましが、一瞬のうちに私の命を奪っていくものに成り果てる。
夢から醒める時に意識を包む刹那の浮遊感。たったあの時間だけで。
「すべてを喪う。夢から醒めるように、一瞬で」
「……」
「私にも来るのかな。そんな日が」
枕の端を握りしめる。
ほんの微かな薔薇の残り香は、ベッドの上でまだ消えていない。
常に渦巻き続ける思考の匣としてこの肉体があり、そのさらに外側を囲うように社会がある。
そこでは夢想にまどろみ続けることは許されていない。必ず朝が私のことを迎えにくる。
──思考の深海。その向こう側では、すべてが反対向きになるのだと考えていた。
ちょうどこの星が丸くできていて、この地面の遥か先にある裏側にも同じく人の営みがあるのと同じように。
どこかに必ずある線を越えてしまえば最後、立つ時に頭を向ける方向が逆になり、朝と夜が入れ替わる。
善であることと悪であること、価値のあることと無いこと……生きることと死ぬこと。きっとそれらも裏返る。
すなわち、私という人間にとって、夢の中を泳ぎ続けることこそが現実としての正しい在り方になる。
その境界線があるのではないだろうかと、あるいはあってほしいと、暗い海の中を探し続けているのだ。
けれど、そんな奈落への旅は必ず一瞬のうちに遮られる。
スマートフォンの目覚ましによって、日光によって、鳥の囀りによって。
自分でも意外なことに、私はこの不変の事実に対してそこまでマイナスな感情を抱いているわけではない。むしろ、そうであるべきなのだと考えている。
今はまだ『深海からの生還』と呼ぶことのできるこの時限があるからこそ、水底しずねという人間はどうにか思考の匣を保つことができているのだ。
……。
もしも私が深海の果て、星の裏側に立つことができたのであれば。
鳥の声が、目覚ましが、一瞬のうちに私の命を奪っていくものに成り果てる。
夢から醒める時に意識を包む刹那の浮遊感。たったあの時間だけで。
「すべてを喪う。夢から醒めるように、一瞬で」
「……」
「私にも来るのかな。そんな日が」
枕の端を握りしめる。
ほんの微かな薔薇の残り香は、ベッドの上でまだ消えていない。