RECORD
Eno.112 天降川もあの記録
#-- 「閑話 その1」
先日の日曜日、北摩南部のプレジャーシティにある水族館『ANOTHER SEA WORLD』に足を運んだ。
きっかけはクラスメイトがお出かけ先として話題に挙げたこと。
ついでに言えば、前日に実家に顔を出した際に部屋掃除を妨げた大判の図鑑のせいでもある。
暇を見つけては生き物の図鑑を読むような幼い頃、時々両親に連れていってもらったくらいには水族館にも関心があったはずが、束都中等部への進学を境にどうにも色々と余裕がなくなって、気付けばめっきり行く機会が減ってしまった。
こういうのは普通誰かを誘って行くものだろうけれど、今回は一人でじっくりと見て回る。
建物に入ってすぐ、私は館内の青色に目を奪われた。
海の色。魚の色。フロアの色。
それぞれ違った青が実際の海に居るような錯覚を抱かせる。
本題の展示フロアには、我々がよく知る知名度の高いお魚たちの姿があった。
日本の海、世界の海。そして小笠原の海にスポットを当てた巨大水槽。
小魚の大集団が渦を巻く様を他所に、悠々と泳ぐシロワニ――「ワニ」はサメを指す方言の一種であって、あの鰐ではない――の少々物騒な顔つきに愛嬌を感じたりもしながら、私は流れるように水槽をハシゴしていく。
淡水魚の水槽では身近な川魚たちをじっくりと眺めつつ、メダカに幾許の懐かしさを覚え。
隣の、海外の淡水では、アロワナのなんとも言えない表情に和む一方で、水中を舞う真紅の体躯に圧倒されもした。
一階右側の隅には、一時期世間を騒がせたチンアナゴがいた。
始めかぎ括弧みたいな細長いフォルムで砂地から顔を覗かせては、水流でゆらりゆらりと身体をくねらせ。
時折ぱくっとプランクトンを食んで、穴に引っ込んでいく。
しばらく眺めていられるだけのかわいさと人気になるだけの魅力を実感し、私もつい我を忘れて観察し続けてしまった。
そんな調子だったので、この日のスマホのカメラロールの4割はチンアナゴが占める。
にょろにょろの誘惑を振り切った先には、サンゴ礁と熱帯魚の水槽。
ナンヨウハギにチョウチョウウオにクマノミ。ネオンテトラにエンゼルフィッシュ。
どこを見ても退屈しない色とりどりの魚たちが、チンアナゴにやられた頭を整えてくれた。
そんなこんなで一階部分を概ね観賞すると、上下階への階段とエレベータ。そして地下に続くスロープが待ち受ける。
今回の目的が下に居ることはパンフレットで確認済みだったので、私は迷いなくスロープを進む。
緩やかな傾斜をゆっくりと下るにつれ、徐々に照明の色味と光量が落ち着いていく。
これまで陽の光が届いていたかのような鮮やかな青は、次第に暗く、黒く、全てを覆い尽くすほどに闇に染まる。
そんな錯覚があった。
そうして海の底深くまで潜った私を出迎えるのは、ゆらゆらと、或いはふわふわと水中を揺蕩う半透明の妖精たち。
下りてすぐの水槽が視界に入った瞬間、初恋を知った少女かというくらい胸が高鳴るのを感じた。
青白く照らされたその身体が波打つ度に、恥も外聞もない感嘆の声が漏れ出る。
きっと、水族館で初めてクラゲを見たあの時から、私の心はこの生き物に奪われたままだったのだ。
当時の興奮は、偏にクラゲの不思議な造形と生態に幼少の好奇心を刺激されたことによるものだけれど、この日味わった感動は、単なる再現と片付けるには安易が過ぎる。かといって「エモい」の一言で軽々しく済ませたくもない。
水槽の前に立っていた自分を今思い出そうとしても身体がぞくっとして考えが鈍るのだから、この想いを言語化するのは恐らく無理だ。
事実、時間も忘れて長い間そこに居続けてしまった。
どうにかこうにか次の水槽を目指せば、界隈で話題のメンダコがふよふよ浮いていた。
タコのような色味で、クラゲのような丸みを帯びて、同じ風に泳ぎながら水中を漂う。
比べるのは野暮だと思い、メンダコもクラゲも共にかわいい生き物だと結論付けた。
ニギス目の深海魚コーナーは正直コメントに困った。
感想を絞り出そうにも「デリケートな生き物を展示できるなんて凄いですね」辺りが精々だ。
あの大きな目がどれくらい役に立っているのかについては、興味がなくもないが。
対して、ダイオウグソクムシは格好良いの一言に尽きる。
積層した甲殻と七対の脚。触覚のそばに覗く鋭い目つき。
砂地にどっしりと構える佇まい。
かつて私の中に同居していた男子小学生の心が、今になって湧き上がってきそうだった。
地下最後の目玉。クラゲトンネルという名前にときめかないわけがなく。
一歩、また一歩と進むごとに、幻想的な雰囲気に包まれる。
周りのどこを見ても、あの不思議かわいいミズクラゲが溢れている。
できることならずっとこの場に留まっていたかった。
長い葛藤の末に抜け出した深海フロアに涙の別れを告げて、明るい地上へと戻る私。
二階にはイルカやペンギン、コツメカワウソなどのよりメジャーなアイドルたちのフロアもある。
しかしチンアナゴとクラゲに時間を費やしすぎた、という理由から今回は断念する運びとなった。
かくしてもう一度訪れる口実を用意したところで、併設されたショップでクラゲとメンダコのぬいぐるみをお迎えして帰路につくのだった。
きっかけはクラスメイトがお出かけ先として話題に挙げたこと。
ついでに言えば、前日に実家に顔を出した際に部屋掃除を妨げた大判の図鑑のせいでもある。
暇を見つけては生き物の図鑑を読むような幼い頃、時々両親に連れていってもらったくらいには水族館にも関心があったはずが、束都中等部への進学を境にどうにも色々と余裕がなくなって、気付けばめっきり行く機会が減ってしまった。
こういうのは普通誰かを誘って行くものだろうけれど、今回は一人でじっくりと見て回る。
建物に入ってすぐ、私は館内の青色に目を奪われた。
海の色。魚の色。フロアの色。
それぞれ違った青が実際の海に居るような錯覚を抱かせる。
本題の展示フロアには、我々がよく知る知名度の高いお魚たちの姿があった。
日本の海、世界の海。そして小笠原の海にスポットを当てた巨大水槽。
小魚の大集団が渦を巻く様を他所に、悠々と泳ぐシロワニ――「ワニ」はサメを指す方言の一種であって、あの鰐ではない――の少々物騒な顔つきに愛嬌を感じたりもしながら、私は流れるように水槽をハシゴしていく。
淡水魚の水槽では身近な川魚たちをじっくりと眺めつつ、メダカに幾許の懐かしさを覚え。
隣の、海外の淡水では、アロワナのなんとも言えない表情に和む一方で、水中を舞う真紅の体躯に圧倒されもした。
一階右側の隅には、一時期世間を騒がせたチンアナゴがいた。
始めかぎ括弧みたいな細長いフォルムで砂地から顔を覗かせては、水流でゆらりゆらりと身体をくねらせ。
時折ぱくっとプランクトンを食んで、穴に引っ込んでいく。
しばらく眺めていられるだけのかわいさと人気になるだけの魅力を実感し、私もつい我を忘れて観察し続けてしまった。
そんな調子だったので、この日のスマホのカメラロールの4割はチンアナゴが占める。
にょろにょろの誘惑を振り切った先には、サンゴ礁と熱帯魚の水槽。
ナンヨウハギにチョウチョウウオにクマノミ。ネオンテトラにエンゼルフィッシュ。
どこを見ても退屈しない色とりどりの魚たちが、チンアナゴにやられた頭を整えてくれた。
そんなこんなで一階部分を概ね観賞すると、上下階への階段とエレベータ。そして地下に続くスロープが待ち受ける。
今回の目的が下に居ることはパンフレットで確認済みだったので、私は迷いなくスロープを進む。
緩やかな傾斜をゆっくりと下るにつれ、徐々に照明の色味と光量が落ち着いていく。
これまで陽の光が届いていたかのような鮮やかな青は、次第に暗く、黒く、全てを覆い尽くすほどに闇に染まる。
そんな錯覚があった。
そうして海の底深くまで潜った私を出迎えるのは、ゆらゆらと、或いはふわふわと水中を揺蕩う半透明の妖精たち。
下りてすぐの水槽が視界に入った瞬間、初恋を知った少女かというくらい胸が高鳴るのを感じた。
青白く照らされたその身体が波打つ度に、恥も外聞もない感嘆の声が漏れ出る。
きっと、水族館で初めてクラゲを見たあの時から、私の心はこの生き物に奪われたままだったのだ。
当時の興奮は、偏にクラゲの不思議な造形と生態に幼少の好奇心を刺激されたことによるものだけれど、この日味わった感動は、単なる再現と片付けるには安易が過ぎる。かといって「エモい」の一言で軽々しく済ませたくもない。
水槽の前に立っていた自分を今思い出そうとしても身体がぞくっとして考えが鈍るのだから、この想いを言語化するのは恐らく無理だ。
事実、時間も忘れて長い間そこに居続けてしまった。
どうにかこうにか次の水槽を目指せば、界隈で話題のメンダコがふよふよ浮いていた。
タコのような色味で、クラゲのような丸みを帯びて、同じ風に泳ぎながら水中を漂う。
比べるのは野暮だと思い、メンダコもクラゲも共にかわいい生き物だと結論付けた。
ニギス目の深海魚コーナーは正直コメントに困った。
感想を絞り出そうにも「デリケートな生き物を展示できるなんて凄いですね」辺りが精々だ。
あの大きな目がどれくらい役に立っているのかについては、興味がなくもないが。
対して、ダイオウグソクムシは格好良いの一言に尽きる。
積層した甲殻と七対の脚。触覚のそばに覗く鋭い目つき。
砂地にどっしりと構える佇まい。
かつて私の中に同居していた男子小学生の心が、今になって湧き上がってきそうだった。
地下最後の目玉。クラゲトンネルという名前にときめかないわけがなく。
一歩、また一歩と進むごとに、幻想的な雰囲気に包まれる。
周りのどこを見ても、あの不思議かわいいミズクラゲが溢れている。
できることならずっとこの場に留まっていたかった。
長い葛藤の末に抜け出した深海フロアに涙の別れを告げて、明るい地上へと戻る私。
二階にはイルカやペンギン、コツメカワウソなどのよりメジャーなアイドルたちのフロアもある。
しかしチンアナゴとクラゲに時間を費やしすぎた、という理由から今回は断念する運びとなった。
かくしてもう一度訪れる口実を用意したところで、併設されたショップでクラゲとメンダコのぬいぐるみをお迎えして帰路につくのだった。