RECORD

Eno.115 古埜岸姉弟の記録

八つの鏡に映る内①

ひとりの女を好いた。
その女は裏世界で小さな店を営む者で、共に働く夫がいた。


店に度々通ううちに
どうしても欲しいと思ったが、
それが人道に反することは当然知っていた。


ある時、事故によってその夫が死んだ。
ひとり遺された女はひどく塞ぎ、
店も開けられぬさま。
既に常連として顔の知れたワタシは、
女のもとに行って身辺を手伝うことにした。
あったさ、下心。それしかない。
女の心にまだ死んだ男の影が残っていることを背に感じながら
ワタシは女のために尽くした。


時が経つと徐々に影が薄れ
女の瞳がコチラを見るようになった。
結果的にワタシは、女と結ばれた。手に入れた。
今でも覚えている。ワタシは確かに史上に満たされ、呑み下す感覚があった。


それが境目だ。
女の身を抱き留めても何ひとつ思わなくなったのは。


水を求めて喉が渇き、癒やされれば失せるように
ワタシの心からその女が消え去った。
水と異なるのが、待てば再び渇くようなものではなかったということだ。
ワタシの態度が明らかに変容したことに女は不快を示し
またワタシもこのような退屈さに意味を見出せず
お互い背を向けるのにそう時間はかからなかった。


それからしばらく後のこと。
街中で女を見た。
隣に新しい男を連れて
満ち足りた表情のなんと輝かしいことか。
魅力的すぎた。
どうしてあの頃見失ったのかと
わからなくなる程に。


そしてワタシはようやく
この胸の奥底に焦げ付いた
歪な焼け跡を自覚することになる。


大層惨めな様子で帰ったワタシを
父上は何と言うでもなく……
まあ、おかげで怪盗としての修行に身が入ったよ。


学んだこともある。
食指の動かない女だからと
邪険に扱ってしまうのは良くない。
"人の女"というのは無から生じるものではなく
誰の手にも落ちていない女の人生の地続き。
食指が動くようになってから態度を変えるのでは遅すぎる。
この世全てのあらゆる女が、未来の人妻候補。
そう思って尊重するのが肝要。


己の性質はよく理解し、
"人"の敵にはならないという父上の教えを——


「——と言いつつ、
 悲しいかな、欲とは見境ない物だが」


「心の毒屋・御機嫌盗り。
 やはり一度は世話になってみたいよな。

 擬似的な体験とはいえ
 合法的に"人の女という記録"を己が物として略奪し、呑み下せる。

 一度きり、遺恨も残らない……」


「だが、支払いが……何にしたもんかな」


というか初回の標準仕様が真人間を想定しすぎだろ!

 怪奇連中は何も"生まれるのが先"の奴らばかりじゃないだろうが!
 思わずマジで驚いちゃった。
 天上天下唯我独尊で誤魔化したけどさあ!

 あと誰が螺髪の亜種だ!
 日為といい皆してワタシの頭を馬鹿にしすぎだろ!」


「まあどうせ2年待つんだ。
 アイツやワタシがくたばらない限りどうとでもなる。
 毒も目当てだが、やはりワタシの本命は御機嫌盗り自身でもあることだし」


「厳密に言えば……御機嫌盗りの、"主人"……だったな」



人間の弱みに良くも悪くも付け入る毒。
おびき寄せた者に救いを促す。
しかし救いを仇にした物が転がり落ちるさまは、泣いて悦ぶ。
人知れず、何処から。


もしそれが本当なら、悪だ。
良い悪だ。


ワタシと同じ"盗人"を名乗っておいて
注目しないわけがないじゃないか。


しかし何者で、何処にいて
盗めるような物を持ち合わせているのか。
盗むことで動く物を持ち合わせているのか。


そして番頭とは
主人にとっての何なのか。


わからんことが多すぎるんだよな〜。
ちゃんと盗む甲斐がある奴じゃないと。
別に、ワタシ悪を成敗したいわけじゃないし。


相手を知らないうちから動きはしない。
裏には、テン虫のように
手を出せばむしろこちらが絡め盗られるものがある。


螺千城には多種多様な悪がいるわけで。
獲物は選び放題、盗み放題……


「だから、仲良くしようなトージャクぅ。
 簡単に尻尾を出しはしないだろうが
 お前を通して、見ているぞ☆」

















「あ。
 そういえばトージャクの奴を観察しているうちに
 ふと思ったんだが、あいつ……」


「男女どっち???」


「……いや、とりあえず迷うことはないか。

 『女である可能性が存在する』
 なら、未来の人妻候補だ!