RECORD

Eno.255 川原の記録

(非)河童考

「眉もねえのはさすがにいかつすぎんだろ」
「そうですかね」
「山籠もりにしたって片眉じゃねえのアレ」

 そういう初対面だった。
 今も鴇多トキタを名乗っている男は明らかに間に合わせの、生地が少々薄っぺらくて丈の合わないスーツにニットキャップを被っていた。
 私はというと前職で仕立てたスリーピースだったから、二人並ぶとちぐはぐと言ってよかった。
 入社式、といっても形だけのもので、別に普段着でよかったのにと社長は笑っていたが。

「とりあえず採用祝いってコトで」

 適当に終わったのち適当な飲み屋に入ってすぐの適当な乾杯のことも意外と覚えているものだ。
 やる気を出さないように見えて音頭をとるくらいはできるし、おそらくやりたくないときやらないだけなのだろう。
 やらざるを得なければやるから、あれで存外根が真面目だ。

「前職何やってたか聞いていいか」
「クラブの黒服を少々」
「いかつくて正解了解」
「そちらは?」
「ヒモとパチとカストリ記者」

 それから酒が入ったせいか愚にもつかない話を延々として、結論として「事務採用でも一旦描くぐらいはしていい」というところに落ち着いた。
 すぐでないといえ眉を生やしたかたちに化けるというのはずいぶん久々だったから、私は顔そのものの形を変えてしまわないよう気をつけねばならなかった。

 翌日からの私服出勤で相変わらずのニットキャップに向けて声をかけると、半眼をさらに細めた二日酔いの彼から「お前マジか」の怨嗟が返ってきたのも覚えている。
 それからはあまり度数の高いものを勧めるのはやめたつもりだ。
 とはいえモヒートがあれば頼むくらいにはミントが好きなものだから、間にノンアルコールを挟むか拘束時間を短くするくらいしかできないのだが。