RECORD
Eno.88 御子柴 桜空の記録
アザーサイドコロニストたちの集まり、その一角。
久しぶりにおれの関係者たちが四人揃って、近況報告をしていた。
内容は至って和やかで、世間話を兼ねているような、そんな。


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眉間に皺を寄せあからさまに不機嫌そうな表情をする千賀さんに、
「あ、あたしは……皆の言う神秘のこと、掴んだ気がします」
おずおずと手を挙げながらも、
何処か迷いの薄れた目で三人を見る……この場で唯一の人間、蜜奈ちゃん。

「イメージを掴んだら、どうすればいいか……なんとなく」
意思こそはまだ柔らかくとも、その瞳にはどこか熱量を感じて。
それに対しては千賀、照史ともに各々頷いたりなんだりして、
「そっちは順調そうだな」「そりゃもちろん」と軽口じみて言い合う。
千賀さんと照史さんはもともと『兄弟分』と言い表せるほど仲が良かった。
弟子を通すと少し素直にやりとりできるあたり、
口では何だかんだ言いながら誇らしく思う気持ちは残っているのだろう。
「とはいえ、俺のは"ウチ"の世界での理論だ。
ズレることもあるだろうし……その後は卯日の頑張り次第になるな」
「まあ焦るな。時間はいくらでもある」
「……はい。 その、今度は……他人を相手にして、神秘を使ってみたいです。
次お時間あるときに、ご教授して……いただけたら」
照史は元の世界のことや、蜜奈ちゃんに対する神秘の教導を持ち込んで、
俺と千賀さんは失った神秘に対する意見の交換。
蜜奈ちゃんは現地人側からの率直な感想をくれる、いつも通りの時間。
「その他、何か変わったことはないか」と聞かれて、
そういえば、と忘れてたところからふと引っ張り出す。
「おれって、最近……物忘れがひどいんだよね」
「いまいち、昔のこと思い出せなくて」
そう言うと、三者三様に何処か微笑ましい雰囲気を漂わせていた。
「……珍しい。物覚えいい方なのに」
「もうボケる歳か」
「ボケるんですか、怪奇って」
意外そうに。意地悪そうに。あるいは苦笑交じりに。
そんな反応を見て───ある一つの単語が気にかかって。
「……怪奇……」
「おれって、怪奇……なんだよね」
思わず口に出す。それで、すこし、空気が固まったことが分かった。
もう一度三人の顔を見る。真剣だ。さっきの冗談めかした雰囲気はどこにもない。
その空気感に流されて、どんどん言葉が口から出ていく。
「自分で口にしたはずなのに、実感が薄れてきてる」
「おれは本当は人間で、両親がいて……」
「北摩市の遠くから来ただけの、そんな、普通の───」
何処か他人事のような自分の声に違和感を抱けない。
それが恐ろしいことな気がするのに。
「照史、さん、おれは……」
「何があって、一緒にいたんだっけ……?」
「───」
固まった空気がぴりっとした緊張感が走って、
皆は深刻そうな顔を見合わせていた。
千賀さんは一度神秘管理局の方へ。蜜奈ちゃんは表世界に戻って行く。
後にはやはり上の空のおれと、押し黙った照史さんが傍に残る。
たっぷり空気を吐き出す音。ようやく、彼の目がおれを捉える。
「……大丈夫なのか?」
確認のような、あるいはもう答えを察しているかのような、
淡々とした声色。そうであろう、と努めている声。
「……」
「大丈夫じゃないと思う」
「だよな……」
ほとんど半笑いで言ってしまったが、勿論それは危機感が無い訳ではなく、
自分の知らぬうちに自分が損なわれていることに現実味を抱けなかった故の。
それからまた沈黙が続く。正面を向いてしまった彼の横顔を見る。
鋭い目つき。これから先のことを憂いてはいない。互いのことは互いが一番知っている。
「でも、今からでもできることはある」「だよね」
「……ああ」
手遅れ、なんてことは考えない。考えたって仕方ないからだ。
そんなことより最善を尽くし、身の回りを守ることに割く方がよっぽど有意義だ。
沈黙の中で、思案を続ける。そして今、少しだけ形になってきた。
「いくつか、頼みごとをしてもいい?」
「──ああ」
「あんたのためなら、いくらでも」
躊躇いなく言い返す姿に苦笑をする。そんなの、おれだって一緒だよ。
誰にも見られないように一度、ほんの少しの時間だけ強くハグをして、顔を見上げた。
「会いに行って。……牛の首に」
「あの人は、おれとあなたを半分ずつ知っている。
そして違う時間を進んできたから、おれが忘れても、あっちは忘れない。
だからもしもの時は、その記憶を使う」
侵略戦争の後、異界騒ぎに巻き込まれず、
殺し合って喰らいあった俺と照史の末路──うん、こっちはまだ覚えている。
彼は千賀さんが語った例における、"同一人物の位相がズレた存在"でもある。
一次的なバックアップとしての役割には申し分ないだろう。
照史の持つ、喰って、分け与える力を用いるなら記憶の複製ぐらい造作もないことだ。
「それと。千賀さんと───多分、蜜奈ちゃんにも絶対に悟られないようにして」
粛々と聞いていた照史さんが、目を丸くする。
千賀さんは当然だ。なし崩し的に行動を共にしているだけで、
根っから仲間というわけではない。信用するわけにもいかない。
それと取引している蜜奈ちゃんも……というわけではないが。
彼女は常々言っている通り、照史と似た力の才覚を持っている。
喰らいはしないが。調理し、分け与える。そんな力。
心は少し痛む。何かあったとして、彼女は段階を踏んで知るべきで。それは今ではない。
「その方が……いいと思ったの」
今はとにかく、不確定要素を削っておくべきだ。
イフェイオンを手向けとして
アザーサイドコロニストたちの集まり、その一角。
久しぶりにおれの関係者たちが四人揃って、近況報告をしていた。
内容は至って和やかで、世間話を兼ねているような、そんな。

「それで……俺は多摩科連の方で、
ピンク頭や嬢ちゃんに合いそうな武器防具を見繕ってるけど、付け焼刃だわな」
「どのみちいつか根っこから熾さないといけない。どんな感じだ?」

「神秘管理局の見立ては千賀さんと一緒かな。
この状態がこの世界にとって正しい形だから、すぐ元に戻すというのは難しい、と」
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「おれは千賀を元に戻したくはねえんだけどな……」
眉間に皺を寄せあからさまに不機嫌そうな表情をする千賀さんに、
「あ、あたしは……皆の言う神秘のこと、掴んだ気がします」
おずおずと手を挙げながらも、
何処か迷いの薄れた目で三人を見る……この場で唯一の人間、蜜奈ちゃん。

「分かった、気がしたんです。
未知に触れること……踏み出すこと。
そうして、何がしたいか、何処へ向かいたいか」
「イメージを掴んだら、どうすればいいか……なんとなく」
意思こそはまだ柔らかくとも、その瞳にはどこか熱量を感じて。
それに対しては千賀、照史ともに各々頷いたりなんだりして、
「そっちは順調そうだな」「そりゃもちろん」と軽口じみて言い合う。
千賀さんと照史さんはもともと『兄弟分』と言い表せるほど仲が良かった。
弟子を通すと少し素直にやりとりできるあたり、
口では何だかんだ言いながら誇らしく思う気持ちは残っているのだろう。
「とはいえ、俺のは"ウチ"の世界での理論だ。
ズレることもあるだろうし……その後は卯日の頑張り次第になるな」
「まあ焦るな。時間はいくらでもある」
「……はい。 その、今度は……他人を相手にして、神秘を使ってみたいです。
次お時間あるときに、ご教授して……いただけたら」
照史は元の世界のことや、蜜奈ちゃんに対する神秘の教導を持ち込んで、
俺と千賀さんは失った神秘に対する意見の交換。
蜜奈ちゃんは現地人側からの率直な感想をくれる、いつも通りの時間。
「その他、何か変わったことはないか」と聞かれて、
そういえば、と忘れてたところからふと引っ張り出す。
「おれって、最近……物忘れがひどいんだよね」
「いまいち、昔のこと思い出せなくて」
そう言うと、三者三様に何処か微笑ましい雰囲気を漂わせていた。
「……珍しい。物覚えいい方なのに」
「もうボケる歳か」
「ボケるんですか、怪奇って」
意外そうに。意地悪そうに。あるいは苦笑交じりに。
そんな反応を見て───ある一つの単語が気にかかって。
「……怪奇……」
「おれって、怪奇……なんだよね」
思わず口に出す。それで、すこし、空気が固まったことが分かった。
もう一度三人の顔を見る。真剣だ。さっきの冗談めかした雰囲気はどこにもない。
その空気感に流されて、どんどん言葉が口から出ていく。
「自分で口にしたはずなのに、実感が薄れてきてる」
「おれは本当は人間で、両親がいて……」
「北摩市の遠くから来ただけの、そんな、普通の───」
何処か他人事のような自分の声に違和感を抱けない。
それが恐ろしいことな気がするのに。
「照史、さん、おれは……」
「何があって、一緒にいたんだっけ……?」
「───」
固まった空気がぴりっとした緊張感が走って、
皆は深刻そうな顔を見合わせていた。
千賀さんは一度神秘管理局の方へ。蜜奈ちゃんは表世界に戻って行く。
後にはやはり上の空のおれと、押し黙った照史さんが傍に残る。
たっぷり空気を吐き出す音。ようやく、彼の目がおれを捉える。
「……大丈夫なのか?」
確認のような、あるいはもう答えを察しているかのような、
淡々とした声色。そうであろう、と努めている声。
「……」
「大丈夫じゃないと思う」
「だよな……」
ほとんど半笑いで言ってしまったが、勿論それは危機感が無い訳ではなく、
自分の知らぬうちに自分が損なわれていることに現実味を抱けなかった故の。
それからまた沈黙が続く。正面を向いてしまった彼の横顔を見る。
鋭い目つき。これから先のことを憂いてはいない。互いのことは互いが一番知っている。
「でも、今からでもできることはある」「だよね」
「……ああ」
手遅れ、なんてことは考えない。考えたって仕方ないからだ。
そんなことより最善を尽くし、身の回りを守ることに割く方がよっぽど有意義だ。
沈黙の中で、思案を続ける。そして今、少しだけ形になってきた。
「いくつか、頼みごとをしてもいい?」
「──ああ」
「あんたのためなら、いくらでも」
躊躇いなく言い返す姿に苦笑をする。そんなの、おれだって一緒だよ。
誰にも見られないように一度、ほんの少しの時間だけ強くハグをして、顔を見上げた。
「会いに行って。……牛の首に」
「あの人は、おれとあなたを半分ずつ知っている。
そして違う時間を進んできたから、おれが忘れても、あっちは忘れない。
だからもしもの時は、その記憶を使う」
侵略戦争の後、異界騒ぎに巻き込まれず、
殺し合って喰らいあった俺と照史の末路──うん、こっちはまだ覚えている。
彼は千賀さんが語った例における、"同一人物の位相がズレた存在"でもある。
一次的なバックアップとしての役割には申し分ないだろう。
照史の持つ、喰って、分け与える力を用いるなら記憶の複製ぐらい造作もないことだ。
「それと。千賀さんと───多分、蜜奈ちゃんにも絶対に悟られないようにして」
粛々と聞いていた照史さんが、目を丸くする。
千賀さんは当然だ。なし崩し的に行動を共にしているだけで、
根っから仲間というわけではない。信用するわけにもいかない。
それと取引している蜜奈ちゃんも……というわけではないが。
彼女は常々言っている通り、照史と似た力の才覚を持っている。
喰らいはしないが。調理し、分け与える。そんな力。
心は少し痛む。何かあったとして、彼女は段階を踏んで知るべきで。それは今ではない。
「その方が……いいと思ったの」
今はとにかく、不確定要素を削っておくべきだ。
