RECORD

Eno.494 御機嫌盗りのトージャクの記録

【帳簿】賭博毒③

 

「おっと、もうこんな時間……」



勘定台に収まったそれは
椅子に深くもたれながら煙管を燻らせていたが、
ふと時計に眼を遣ると
棚の間に設置された古いラジオへと手を伸ばした。


そのスピーカーからは
ノイズの掛かった音声が歯切れ良く流れ、
ラジオの向こう側にある景色を詳細に伝えている。


それから、番頭の手は勘定台の引き出しを引いて、
これまた古びた新聞を取り出し、
丁寧に勘定台の上へと押し広げた。


日付は約3年前。
その中ほどの片隅に、
馬体の写真とともに小さな見出しが据えられている。


【北摩ファームにて脱走事故】

本日正午頃、
北摩ファームにて調教中だったキタマアローズが
厩舎の一部を破壊して脱走する事故が発生しました。
その後、放牧場で徘徊しているところを厩務員に確保され、
別の厩舎へ収容されました。
当該馬には馬体検査中が行われる予定ですが、
北摩ファームの発表では
馬体や調教師に怪我はなかった、との事です。

なお、キタマアローズはデビューから
華々しい戦果を上げてきた事でも知られ──



その時、ラジオの向こうから
一際大きな歓声が上がる。


「3番、キタマアローズ。4番人気です。

 デビューから多くの入賞を果たしたキタマアローズですが、
 本レースでの引退が決まっており、
 果たして有終の美を飾る事が出来るのか、注目が集まります」



「さぁ、各出走馬、ゲートに収まりまして」



「いよいよ運命のスタートです──」



それから矢継ぎ早に放たれる実況の嵐に耳を傾けつつ、
それは満足げに紫煙を吐き出した。


「盗れど汲めども、なくならない。
 心に刻まれた想いの、執拗さたるや……」



「……とは言え、もう来店する事もないのでしょうね」



呟いて、勘定台に放り出した紙片には、
こう印字されている。


単勝:③キタマアローズ