RECORD
Eno.7 瀬波 りり子の記録
検索結果の表示されたスマートフォンを腕ごと投げ出し、
その両方がボスッと音を立ててベッドに落ちる。
そこから数秒の間をおいて、長い長い溜息が物の少ない部屋に響いた。
「あ~~~~~~~~~~~~~」
「そうだ。私は病院には行けない。
薬もらうために採血とかされたら終わりです」
私には血管がない。
血管代わりに張り巡らされた配線こそあるが、ヘモグロビンを含んだ赤い血などは、どこにもない。
偽物の血さえ流れていないし、そもそも針さえ刺さらない。
「なんでもいいから薬をもらって、なんでもいいから音楽をかけて。
なんでもいいから安眠のアロマを置いて、適当な魔除けも置いてみて」
「そうやって眠ってみれば一つは効くかと思いましたが、
肝心の部分が私には不可能だったとは。
機械には薬が効かないな、なんて自嘲して楽になるつもりだったのに」
ばり子は悪夢に苛まれている。そのせいで眠れていない。
毎日眠そうにし、学校でも気を失いがち。
友人たちを心配させているので、それを治すつもりだった。
その計画はいきなり行き詰まっている。
普通、アンドロイドは夢を見ない。
仮に睡眠を取ったとしても、それは人間のものとは仕組みが違うから。
身体と脳を休めるためではなく、ヒトのそれを再現するものだから。
普通でないアンドロイドには、夢を見るものだっている。
ヒトの仕組みまでをも機械であるまま再現しようとしている者であったり、
あるいは他の理由でその機能を組み込んでいる者であったり。
ばり子は後者にあたる。
ばり子が夢を見る理由、見るようにした理由は簡単だ。
とある人物に、
「ばり子は夢を見たほうがいいと思う。
機械は夢を見なくていいんじゃなくて、夢を見られない存在だから。
夢は苦しいものばかりじゃなくて、楽しいものもたくさんある。
ほら。将来の夢、って言葉があるでしょ? あっちの方の夢を見るためには、
こっちの方の夢も見ておく必要があると思うんだよね。
夢には、"もしかしたら"がたくさんあるから……
ばり子にも、もっと"もしかしたら"について考える機会があってほしいしさ」
と言われたから。
眠らなければ眠くなり、眠れば時々夢を見る。
そういう機能を、いつかの昔に組み込んだのだ。
とある人物。それはばり子の妹だ。
名前はキャラメル・ヴィレノル・ヘルメルワース・エドゥラウト8世・6号機・ふわふわ・メイラース・オーシャン・^q^・サンダーギガスピア・ヴィードラック・らら子。
あだ名はきら子。
ばり子は10割がアンドロイドで2割がそれ以外の存在だが、
きら子は6割が夢魔で3割が人間、1割がその他というような存在だ。
名前通り雷と海の力を持っていて、現在はどこかの海とそこに暮らすヒトを護って暮らしている。
かつては悪夢を遠ざける要素を持っていたばり子だが、
いま北摩にいるばり子にはそれがない。
いざそうなったときに見る夢ひとつひとつがどれも悪夢だということ自体が、
ばり子を怯えさせている。
夢ひとつひとつが怖いということではない。
ただ怖いだけなら、どのようにでも理屈を並べて振り払える。
夢を恐れたくないという気持ち。夢を恐るるべきものと思いたくない気持ち。
夢がもたらす、己の不安の形象化。
そういったものを、この女は恐れている。
「あ~~~~あ」
「このまま何日も眠れないままではみんなに心配しかかけません」
「こうなったら神秘で解決するしかないのでしょうか?」
はあ。
今日何度目かのため息。
「都合の良い神秘があるのなら、きっとそれは普遍化し、消えていそうなものです」
「つまりは、残っているとすればそれは都合がよくない。
怪しかったり、危なかったりするはずです」
「……それでも、夢を見なくなることを選ぶよりは、きっといい」
眠れなくなって何日だったか。気絶以外で眠っていないから、正しく数えることもできない。
人間らしく真っ直ぐ歩ける時間も減ったし、目を開けていられない時間も増えた。
アンドロイド仲間に見られれば5分以内に故障を疑われるかもしれないな。
中間テストも近い。そこでこの体調であれば、どう考えても点数を落とす。
そうなったら教師の夢は遠ざかる。お嫁さんという夢すらも離れていく。
それは、悪夢を見ることよりも受け入れられない。
そう思ったからといって、意識を手放せるわけでもなくて。
結局気を失うように眠りについたのは、空が白んでからだった。
夢の次の次の次の次の日
検索結果の表示されたスマートフォンを腕ごと投げ出し、
その両方がボスッと音を立ててベッドに落ちる。
そこから数秒の間をおいて、長い長い溜息が物の少ない部屋に響いた。
「あ~~~~~~~~~~~~~」
「そうだ。私は病院には行けない。
薬もらうために採血とかされたら終わりです」
私には血管がない。
血管代わりに張り巡らされた配線こそあるが、ヘモグロビンを含んだ赤い血などは、どこにもない。
偽物の血さえ流れていないし、そもそも針さえ刺さらない。
「なんでもいいから薬をもらって、なんでもいいから音楽をかけて。
なんでもいいから安眠のアロマを置いて、適当な魔除けも置いてみて」
「そうやって眠ってみれば一つは効くかと思いましたが、
肝心の部分が私には不可能だったとは。
機械には薬が効かないな、なんて自嘲して楽になるつもりだったのに」
ばり子は悪夢に苛まれている。そのせいで眠れていない。
毎日眠そうにし、学校でも気を失いがち。
友人たちを心配させているので、それを治すつもりだった。
その計画はいきなり行き詰まっている。
普通、アンドロイドは夢を見ない。
仮に睡眠を取ったとしても、それは人間のものとは仕組みが違うから。
身体と脳を休めるためではなく、ヒトのそれを再現するものだから。
普通でないアンドロイドには、夢を見るものだっている。
ヒトの仕組みまでをも機械であるまま再現しようとしている者であったり、
あるいは他の理由でその機能を組み込んでいる者であったり。
ばり子は後者にあたる。
ばり子が夢を見る理由、見るようにした理由は簡単だ。
とある人物に、
「ばり子は夢を見たほうがいいと思う。
機械は夢を見なくていいんじゃなくて、夢を見られない存在だから。
夢は苦しいものばかりじゃなくて、楽しいものもたくさんある。
ほら。将来の夢、って言葉があるでしょ? あっちの方の夢を見るためには、
こっちの方の夢も見ておく必要があると思うんだよね。
夢には、"もしかしたら"がたくさんあるから……
ばり子にも、もっと"もしかしたら"について考える機会があってほしいしさ」
と言われたから。
眠らなければ眠くなり、眠れば時々夢を見る。
そういう機能を、いつかの昔に組み込んだのだ。
補足:『とある人物』について
とある人物。それはばり子の妹だ。
名前はキャラメル・ヴィレノル・ヘルメルワース・エドゥラウト8世・6号機・ふわふわ・メイラース・オーシャン・^q^・サンダーギガスピア・ヴィードラック・らら子。
あだ名はきら子。
ばり子は10割がアンドロイドで2割がそれ以外の存在だが、
きら子は6割が夢魔で3割が人間、1割がその他というような存在だ。
名前通り雷と海の力を持っていて、現在はどこかの海とそこに暮らすヒトを護って暮らしている。
かつては悪夢を遠ざける要素を持っていたばり子だが、
いま北摩にいるばり子にはそれがない。
いざそうなったときに見る夢ひとつひとつがどれも悪夢だということ自体が、
ばり子を怯えさせている。
夢ひとつひとつが怖いということではない。
ただ怖いだけなら、どのようにでも理屈を並べて振り払える。
夢を恐れたくないという気持ち。夢を恐るるべきものと思いたくない気持ち。
夢がもたらす、己の不安の形象化。
そういったものを、この女は恐れている。
「あ~~~~あ」
「このまま何日も眠れないままではみんなに心配しかかけません」
「こうなったら神秘で解決するしかないのでしょうか?」
はあ。
今日何度目かのため息。
「都合の良い神秘があるのなら、きっとそれは普遍化し、消えていそうなものです」
「つまりは、残っているとすればそれは都合がよくない。
怪しかったり、危なかったりするはずです」
「……それでも、夢を見なくなることを選ぶよりは、きっといい」
眠れなくなって何日だったか。気絶以外で眠っていないから、正しく数えることもできない。
人間らしく真っ直ぐ歩ける時間も減ったし、目を開けていられない時間も増えた。
アンドロイド仲間に見られれば5分以内に故障を疑われるかもしれないな。
中間テストも近い。そこでこの体調であれば、どう考えても点数を落とす。
そうなったら教師の夢は遠ざかる。お嫁さんという夢すらも離れていく。
それは、悪夢を見ることよりも受け入れられない。
そう思ったからといって、意識を手放せるわけでもなくて。
結局気を失うように眠りについたのは、空が白んでからだった。