RECORD
なれそめ④と
これ、とても美味しいです」
「えーーーー! うそ!
これ泥の味がするって皆言ってるよ!?」
「泥。泥、ですか?
全然違います。
泥は、美味しくなかったです」
「飲んだの!?」
「はい」
「もう泥飲んじゃだめだよ〜」
「言われなくても、飲まないです。
コレ、飲みます」
「これも飲みすぎちゃだめだよ。
エナドリなんだから」
「は、はあ。
それは、残念です」

────────
ワタシは魔路卍横丁で呑んだくれる管螺ナインの横を素通りし、街路を進んだ。
入り組んだ路地に逸れ、右、左、また左。
その先にあるのは人気の無い、螺千城の隅の一本橋。
橋といっても向こうにはただ宙だけがあり、周囲を囲む柵も無い。
もし上ばかりを見て歩いていたならば足を踏み外して地へ真っ逆さま。
ここは、度重なる増築によって忘れ去られた場所なのだろう。

「──こそこそしていないで、出てきたらどうだ」

「あ、バレちった?」

「ワタシを誰だと思っている」

「えへへ。後ろ姿が見えたから着いてきちゃった!」

「よくもまあ……
ワタシとアナタが
一緒にいること自体がリスクであることは
わかっているだろうに」

「それともあれか?」

「その気があると受け取っても良いということかな。
キサキさん」

「えいっ!」
「痛っっったァ! デコピンつよ」

「デコなんか出してるからだぞ〜」

「デコが悪いのか……?
いや何なんだよ結局。いつも裏世界には来ないくせに」

「買い物だよ買い物〜!
虎徹の好物を買いに!」

「わざわざ裏にか?」

「何だかんだ裏の物の方が口に合うのかな〜ってさ」

「…………ああ、そういうことか」

「なら早く帰ってやれ。
ワタシはまだやることがある」

「こんな隅っこのどん突きで何すんの???」

「いやここに来たのはオマエがずっと付いてくるからだよ!
人目を避けるためだよ!
余計な手間をかけさせるなよ!」

「あ、そっか!メンゴ!」

「まったく、ワタシは忙しいんだぞ」

「……えへへ」

「何を笑っ」

「て」


「……ちょっ
何の」

「いつもありがとね〜いろいろ。
うちのために」

「何だと?
……いくらアナタでも看過できないぞキサキさん。
ワタシのためだ。全て。それ以外に無い」

「そっか。まあそれでもいいや。
えへへ……
私とこんな風にしたのいつぶりだろうね」

「………………」

「それは」

「幼稚園の時以来かなあっ!!!
あとそろそろ離しなさい遊びじゃ済まないんだよ!」

「え〜〜〜待って待ってそんな昔だった!?
せっかくなんだから、久々に元気チャージしたげるよ〜!
ぎゅ〜〜〜〜〜っ」
「いだだだだだだだだっ!!!
鯖折り! 鯖折る気かッ!!

「もぉさぁ〜〜〜〜帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!
早くさァ! 待ってんだろ!」

「反抗期だな〜」

「ああ゛!?
自分のやりたいことを子に押し付けた挙句それに物申されれば反抗期の一言で片付け
子の言い分も聞かないそれが親のやることか! いいかそれ七尚にはやるんじゃないぞ!」

「すごい怒るな。
ごめんってぇ……
でもそっちだってナンパ紛いのことしてきたんだぞ〜息子のくせに。
冗談でもやめなね〜」

「先にストーカー行為してきた奴に言われたくなさすぎる」

「じゃあストーカーは終了〜! 先帰るね〜!
あんま遅くならないうちに帰るんだよ〜!」

「クッソ……わかったわかった。
………………母さん」

「フッ……何だよ今のは!
元気が100ぐらいマイナスしたぞ!」

「しかしまあ、色褪せないものだな。
あれから17年。
未だについ目を奪われかねない。
それはそれとして腹立つことも多いが」

「服装もずっと……」

「喪に服したような黒ばかり」

「………………」

*パサリ*

子育て日記 七尚5歳 八千代4歳 6月10日
七尚が足で文字を書くことに興味を持ち始めた。
よって、私も久方ぶりに日記をつける。
誕生、そして発育は私が一年遅れだが、
読み書きに興味を持つのは私の方が早かった。
七尚は、私が新しいことを始めようとすると対抗心を燃やす。周りをよく見ている。
危惧していたように、磨諾鬼もキサキさんも七尚に過保護気味である。
両腕が無く不自由だから? 危ないから? 何でもかんでも横から手を出すんじゃない。
それで火を燻らせるのはつまらなすぎるぞ。
火は魂。
魂は欲望だ。
欲望は行いの糧で、誇りの礎。
私は私の手で追い求める。
そうでなければヤツカガミではない。
七尚もそうあってくれなければ困る。
私の子であるからには。
追伸
そういえば、古埜岸八千代が生まれてから初めての日記だった。
せっかくなのでそちらの記述もしておく。
磨諾鬼に用意させた肉人形は問題なく馴染んだ。
物理的な人の脳に思考を縛られること……思考の可動域とでも表現しようか。
それは本来デメリットだが、古埜岸家の人間として生まれ育つ上では最適解だった。
その上で懸念がある。キサキさんのことだ。
私が思春期を迎え、成熟するにつれ本来の私の思考が再現可能となるだろう。
つまりは、そういうことだ。
いいか八千代、もし欲に惑わされることがあったらこのページを読み返すように。
そして、赤子の時のことを思い出せ。
手足を動かすにも精一杯で、何をしようにもできず、ただ気持ち悪くて苛立って気に入らない。
キサキさんを前にしても、欲しいと思う思考も余裕もありはしなかった
ただただ必死だったあの頃を思い出すんだ。
いいか。
キサキさんは、私のお母さんだぞ。

「……心配するな過去の私よ。
あれは欲しいと思ったところで、いつまで経っても手に入るものではない」

「何より、私の本命はずっと──」

「ふん、ふん、ふーん♪
たっだいま〜!」

「まだみんな帰ってな〜い」

「よし」
*ガチャ*



「──父上の仇。ワタシの仇」