RECORD

Eno.1348 紙谷兄弟の記録

あんまりな日々と少しの希望


 居場所が無い。それは俺がチビだった頃からずっと思ってたことだ。両親は俺を跡取り息子とは思っていたが、甘やかすのではなく突き放す形で育てることにしたらしい。
 適当な親戚が代わる代わる来ては、およそ子供にさせるものではないような修行をやらせてきた。出来が悪いと何度もなじられた。そんな様子を親に針小棒大に伝えるものだから、父に出来損ないと言われた。7歳の誕生日だった。修行が足りないのだと言われ、親戚の家で暮らすことになったが、親戚宅にも子供がいたので針のむしろでしかない。

 褒められたくて頑張っても、誰一人認めてくれない。小学校では100点を取れて当たり前なので、成績表が全て最高評価であったとしても見向きもされなかった。
 放課後は全部修行、土日祝だって丸一日修行。娯楽に触れる機会が無かったから、友達も作れなかった。今慧門に友達が出来るようにあちこち連れ回してるのは、きっと幼い頃の自分と重ねているからだろう。
 中学に入ってすぐに陰陽師の仕事を請け負うことになり、それなりに上手くやれてた。一番年少なのに上手くやれたせいで、嫌がらせされた。わざと怪異をけしかけられたり、打ち合わせもなく囮に使われたり。やめたくても立場がそれを許さない。ここにも何もなかった。
 結局のところ、発言権を得るためには実力と実績が必要だ。最早原動力は怒りしかなく、親も親戚も陰陽師の連中も、全員黙らせてやるという一心で自分に出来る最大限のことはした。今はある程度無茶な要求も通せる程度にはなったと思う。

 慧門が生まれていたと知ったのは13歳の頃だ。去年には生まれていたのに、俺には全く知らされもしなかった。何なら親でも親戚でもない陰陽師の連中から聞かされた。実兄であるはずの俺だけ知らなかったのだ。神憑りの神子として隔離されているらしい。まだ1歳のはずだが。まともに育てないなら子供なんて作るなよ。両親のことが気持ち悪くなったと同時に、生まれたくなかったと考える時間が増えた。
 死にたいわけではないからきちんと修行も任務も真面目に取り組んだが、もう褒めてもらうなんて思考に至らなくなったので、現代の娯楽に手を出した。カネはあるからゲーセンに行ったり、映画観に行ったり。任務帰りにはラーメンとか牛丼チェーンに行くこともあった。非行に走ったと言われたが、グレた理由がそっちにあるとは微塵も思わないのがマジでクソだ。
 文句を言われようが、陰口を叩かれようが、全部実力で黙らせて。爺婆連中も実績があれば表立って文句を言わない。学校では不良グループにしれっと混ざって、一緒に授業フケて遊びに行ったりもした。
 死にたいわけではないが不意に虚しくなって、何故生きてるのか……いつまで頑張ればいいのか、考えずにはいられない日が増えた。

 中学を卒業して仕事に専念するようになってから2ヶ月と少しした頃、実家に呼び戻された。慧門が一人歩きするから面倒を見ろと。どうやら教師から連絡があったらしい。何で放置してるのかと問い詰めたら、神々が憑いているから安全だと主張しやがった。もうこいつらには任せられないと思って、隔離されている部屋に向かった。
 初めて会った弟は、5歳にしては小さかった。白い髪と真っ赤な目。俺を見て嬉しそうに笑った。それだけで十分だった。
「初めまして。俺は慧門のお兄ちゃんの木栖だ。これからよろしくな」
「うん!えっとね、きょうはみんなとおりがみしてたの」
「そりゃ楽しいだろうな、お兄ちゃんも混ぜてくれよ」
「いいよ!」
 周囲にいる神々は、親よりもよっぽど慧門の面倒を見てくれていたようだ。声の一つも聞こえない本邸と違って、わいわいがやがやと楽しい声で溢れている。
 慧門が置かれた状況は不幸ではあるが、環境だけ見ると悲しいだけじゃないのだろう。たくさん笑って、遊んで、おしゃべりして。その対象が人間じゃないだけ。不幸と切り捨てられない、あまりにも楽しい地獄だ。
 慧門には俺と同じような思いをさせたくない。家族にすら愛されないなんて悲しすぎる。
 神様が娯楽に飢えているからとテレビを持ち込み、流行りのアニメを見せる。夜になったら一緒に散歩に出て、たまにコンビニでお菓子を買ったり、ファミレスでお子様ランチを頼んだり。神々も満足げなので、存分に言い訳に使わせてもらった。父は神様を認識出来ているので、使用人達に事実であると言わざるを得ない。神々の言葉を歪めて伝えるのは明らかに冒涜だから。

 たくさん遊んで、いろんなものを見て。それでも慧門は同年代の友達が出来ずにいる。世間知らずかつ外で遊べないのは“変な子”扱いになるのは俺もよくわかるが、やられてるのが俺じゃなくて慧門なのが辛かった。
 家では表との関わりを断てと騒がれ、一度帰ると外に出るのを禁じられる。年齢のせいで二人でどこかに泊まるわけにもいかず、だからといって裏にずっといるわけにもいかない。そもそも慧門が外に出れる時間帯には、他所の同年代の子なんて居ない。正直詰んでいる。
 同年代でなければ表にも友達がいるというので会いに行ったら、普通に三十路越えてそうな鉄面皮のおっさんだった。しかも実家に連絡寄越した張本人。まともな大人だと思っていたが、歯に衣着せぬ性格らしい。慧門の目の前でハッキリ“友達と思ったことはない”と言い、案の定慧門は大泣き。勝手に期待して理想を抱いていたのが悪いが、大人ってそうだよなと。“汝一切の希望を捨てよ”という一文が浮かんだ。
 だが、彼は俺に対して「君は君が享受すべき教育機会が奪われていることを自覚しなさい」と言った。“居場所”を作るための取っ掛かりを作ってくれた。慧門の居場所を作るには、まず俺の居場所を作るべきなんだろう。たぶん。確かに校内を自由にうろつけるんなら慧門の友達作りもしやすいだろう。膝に乗せて一緒に勉強すれば、幼稚園で寂しい思いしなくて済むだろうし。
 これで好転してほしいものだ。慧門だけは幸せな子供であってほしい。俺だけは、何があっても慧門の味方であり続けるから。