RECORD
Eno.555 真玖部 楽の記録
あれは、松坂ビルヂングに事務所を構えてすぐのことだった。
『科学の名を騙ったカルトに依存している息子を引き離して欲しい』
依頼人は一般家庭の夫婦。
依頼対象は20歳男性。
ウチをインチキ霊媒事務所と理解したうえでの依頼。
既に別のコミュニティに属している対象を引き込むことは困難だが、
俺には何と言うか、冒険心のようなものがあった。
これぐらいやって見せないでどうする、という無謀な意気込みがあった。
しかし……こういった、神秘の温床となりうる仕事は
機関が管轄しないのだろうか。
念のために話を通しても、どの機関からも『関与しない』の一言。
少なくとも神秘や怪奇の絡む案件ではないと仮定する。
依頼対象との接触、その出発点が両親ではいけないということは直感した。
依頼する時の彼らの顔つきに、言い知れぬ違和感があったのだ。
今例えるならそれは、『害虫駆除を依頼する時の顔』。
対象へ接触する手段として、指定カルト団体への潜入を試みた。
この時はどこか、こういうものを甘く見ていた節がある。
自分だけは特別で、引っかかることはないと思っていたのだ。
団体名『人間科学講座』。
所属者数が百万人超との発表―――明らかに数字を盛っている。
世界各国ででも活動しており、日本の北摩市に本拠を置く。
”講義”は常にレンタルスペースで行われ、
少なくとも一般人……一般役員も本拠地を知らない。
反社会的行為の有無は判明していない。
社会への影響力は実際の所わからないが……
近いうちに束都ドームシティを貸し切って大規模な集会を行うとのこと。
一千万や二千万なら軽く出せるほど儲けているらしい。
彼らが如何にして信者を集めているのか。
そのメカニズムをよく知らないまま、ただ漠然とそこへ忍び込んだ。
「えー、私はねえ。
外国のジャングルで遭難した時に、気付いてしまった!!
その地に暮らす人々を見て、人間の本来あるべき姿を見たのです!!
私はそれを皆さまと共有し、少しでも幸せになってもらうために、
この『人間科学講座』を開講したのです!!」
直後、部屋全体が揺れるような錯覚を覚えた。
まるで軍隊のパレードのど真ん中に放り込まれたかのよう。
メトロノームのように一定のリズムを保ち、一糸乱れぬ拍手喝采。
ワンパターンの笑い声がコンマ1秒のズレもなく、
まるで合唱のように室内に響く。
笑うところなんて何もなかったはずなのに、
全神経が、笑え、笑え、と体を刺激する。
この空間そのものの圧力が、人間の行動を操っているとでも言うのだろうか。
退路を確保するために出口の方を向いたが、
一つしかない出入り口の前には黒いスーツを着た幹部らしき人物が
二人並んで立っていた。トイレ休憩に行くハードルが異様に高い。
吞まれないように、しかし不自然にならないように拍手だけは合わせる。
「家族だからってねえ! 遠慮する必要はないんです!!
私なんて妻と子の間に灰皿をバァーン!! って叩きつけたんですよお!!
やっちゃっていいんです!! それが人間の本質なのだからぁ!!」
中身のない言葉にワッと歓声が上がる。
観察―――を通り越して体験してみて、わかったことがある。
誰も話の内容など理解していない。
ただ隣の信徒(便宜上の呼称)がそうしているから、そうしているだけ。
恐らく信徒に混じって幹部が煽っているのだろうが、
誰がサクラなのかわからないほどに、多くの信徒が同時に音頭を取っていた。
軍隊顔負けの統率力を前に、幹部の特定は断念せざるを得なかった。
いつだったか『誰が言っているのかが重要』という言葉があったが、
この光景は、まるでその言葉を体現している。
社会的な信用のある人間・著名人の言葉であれば、
たとえその中身が伴っていなくとも漠然と信じられてしまうのだ。
根拠のない、それっぽい言葉を並べるだけで信じられてしまう。
ああ、要するに自分の頭で考えるということを知らないのだ。
知っていたとして、あの場に身を置くだけで考えられなくなる。
俺は生まれて初めて『洗脳』という言葉の重みを理解した。
それは人間の持つ基本的な防衛反応であり、
どのような者にとっても抗いがたいものなのだと。
依頼対象を説得することはまず不可能だと考えた。
なぜならそもそも、信徒は話の内容など理解していないのだから。
あまりに強固な同調圧力の中、組織に取り込まれることを受け入れ、
取り込まれた者たちは”合唱”のスピーカーとなり、
また新たな信徒を増やしていくのだ。
それはまるで生き物のように大きくなっていく。
一応だが、科学のように見える何かもあるにはあった。
インターネットで調べればすぐに出てくる心理テストや
チェックシートを埋めるぐらいで、その結果をもとに、
あとは理屈の通らないことを喋るだけ。
完全に洗脳され切った人の話を聞くのは、苦痛だ。
機関が相手にしない理由も理解出来た。
これは神秘でも科学でもなく、ごく普通の、
愚民共のありふれた日常風景に過ぎない。
周りに合わせて自らの意志と価値観を奪われることが
人間にとっての普通なら、それらの外側で生きる者は常に狂気を抱えてなくてはならない。
楽園の喪失。
頭が痛くなるような集会を数度繰り返して、
ようやく依頼対象と同じ班で話し合う機会を得られた。
同調している時は頭のおかしい人間に見えていたが、
個人として話してみれば、どうということはない普通の人間だった。
人並みにアニメやゲームが好きで、運動もしていて、勉強は……苦手そうだったが。
友達になれると思うほど、何故彼のような人間がこんな集会に参加するのか理解に苦しんだ。
ある日、思い切って聞いてみることにした。
「ほかに行くとこ無いんだ」
「家族は冷え切ってるし」
「大学の同級生とはソリが合わないし、
リーダー格の人は良くしてくれるんだけど、その周り。
取り巻きから嫌われててさ。何となく、いなくなって欲しいって感じで。
折り合いが悪いんだ」
「だから、ここしか残っていないというか。
お金はかかるけど……話を合わせてるうちは親切だし。
話してて疲れるけど」
周りの目なんて気にする必要はない。
友達なら俺がなってやる。
中学生が生意気言ってるみたいだけど、
俺はアンタのこと嫌いじゃないしさ。
お金だって、新作のゲームを買ったりだとか、
そういうのに使おう。だから―――
こんなところにいちゃいけない。
自分自身が消えて無くなるぞ。
「……」
「考えとく」
「うちの生徒を引き抜こうとしているのは君かね?」
会長―――と言うと他の会長に失礼な気がするので、
ここでは”教祖”と呼ぶことにする。
教祖は俺が友達を退会させようとしているのをどこかで知って、
レンタルスペースの個室で俺を問い詰めていた。
ボディチェックを受けて盗聴器の類は全て外されてしまった。
「私はね、みんなが楽しく生きられればそれでいいんだ。
君も知っているだろう? 私の教えに従う者は皆、
幸せになれるんだって」
あんな方法で、本当に笑えていると言えるのか?
テメェのやっていることは、ただ自分の都合のいいように
他人の人格を書き換えて人形遊びをしているだけだ。
テメェは人の苦しみを救ったわけじゃない。
その人の人生ごとなかったことにしているだけだ。
「世界が私を必要としているのだよ。
誰もが私の声に耳を傾け、私の導きに従い、
そして苦しみから解放される。
君のお友達だって、もうすぐ救われる」
「ああ、それとも損をするのが嫌なのかな?
お金くらいは出そうじゃないか。
これもみんなの幸せのためさ」
金は受け取らなかった。
帰り道、幹部や側近に襲われるようなことはなかったが、
常に人の視線を感じていた。
作戦決行前、睡眠薬を彼の両親に渡して
束都ドーム集会の日に彼が出席できなくするように頼んだ。
あんなものがなければ、すぐにでも立ち直れる人だ。
彼らは目に見えない凶器を振るっている。
実際に刺されてみたから、理解できる。
あれは人の心を殺すトサツ場だ。
すぐにでも解体しなければならないと思った。
『人間科学講座』束都ドーム集会―――当日。
壇上には教祖と、何名かの幹部が立っている。
俺がやったことは、ごく単純なことだ。
膨大な人数の中、協力者を紛れ込ませることは容易い。
信徒の家族関係を洗い出し、
カルト解体の協力者となる人たちを集めた。
顔を隠して信徒の中に潜り込み、
『合唱』の要領で協力者たちは叫ぶ。
『あの先生は偽物だ!!』
また別の場所から『合唱』が起こる。
『偽物を捕まえろ!!』
信徒はこれに従う者と、困惑する者に分かれた。
壇上に立っているのはたしかに本物だ。
しかし彼らは『教祖の顔も声も認識していない』のだ。
彼らが聞いているのは『場の声』であって、
『教祖の声』ではない。
いともあっけなく、教祖は取り押さえられた。
「や、やめろ……私を誰だと思っている!!!」
無駄なンだよ。
誰もテメェの声を知らない。
誰もテメェの話を聞いちゃいない。
そんな簡単なことも、わからなかったのか。
あるいは、教祖自身も組織に呑まれた者の一人だったのだろうか。
やがて、”おしくらまんじゅう”が始まった。
人体の破壊を厭わないそれは、教祖はもちろんのこと
何名もの死者を出した。
―――踏みつけにされた信徒の中には、依頼対象もいた。
信徒の内乱による『人間科学講座』の解体は時の話題となり、
そしてそれはすぐに忘れ去られていった。
「何故息子を殺したの!!」
「依頼不履行だ!!」
ああ、全部こっちの責任にする気だな。
息子を引き留めるのに睡眠薬を使わなかっただろ?
離婚してそれぞれの愛人の家庭で過ごすために、
息子が邪魔だったんだろう?
子供を押し付け合っていて、
体よく見殺しにできるかもしれない機会が訪れて、
それで見過ごしたワケだ。
「何を根拠に……う、訴えてやるぞ!!」
残念ながらテメェら二人の浮気の証拠は掴んでンだ。
両方とももう子供が生まれてて、
今でもたまに会ってるんだってなァ。
いいぜ。俺を訴えるのは構わねェが、
テメェらの経歴にも傷がつく。
『息子を見殺しにした最悪の夫婦』
そんな肩書を一生背負っていくことになるぜ。
さァ、どうする?
自らの罪から逃れたいか? それとも俺を道連れにするか?
『テン』
あれは、松坂ビルヂングに事務所を構えてすぐのことだった。
『科学の名を騙ったカルトに依存している息子を引き離して欲しい』
依頼人は一般家庭の夫婦。
依頼対象は20歳男性。
ウチをインチキ霊媒事務所と理解したうえでの依頼。
既に別のコミュニティに属している対象を引き込むことは困難だが、
俺には何と言うか、冒険心のようなものがあった。
これぐらいやって見せないでどうする、という無謀な意気込みがあった。
しかし……こういった、神秘の温床となりうる仕事は
機関が管轄しないのだろうか。
念のために話を通しても、どの機関からも『関与しない』の一言。
少なくとも神秘や怪奇の絡む案件ではないと仮定する。
依頼対象との接触、その出発点が両親ではいけないということは直感した。
依頼する時の彼らの顔つきに、言い知れぬ違和感があったのだ。
今例えるならそれは、『害虫駆除を依頼する時の顔』。
対象へ接触する手段として、指定カルト団体への潜入を試みた。
この時はどこか、こういうものを甘く見ていた節がある。
自分だけは特別で、引っかかることはないと思っていたのだ。
団体名『人間科学講座』。
所属者数が百万人超との発表―――明らかに数字を盛っている。
世界各国ででも活動しており、日本の北摩市に本拠を置く。
”講義”は常にレンタルスペースで行われ、
少なくとも一般人……一般役員も本拠地を知らない。
反社会的行為の有無は判明していない。
社会への影響力は実際の所わからないが……
近いうちに束都ドームシティを貸し切って大規模な集会を行うとのこと。
一千万や二千万なら軽く出せるほど儲けているらしい。
彼らが如何にして信者を集めているのか。
そのメカニズムをよく知らないまま、ただ漠然とそこへ忍び込んだ。
「えー、私はねえ。
外国のジャングルで遭難した時に、気付いてしまった!!
その地に暮らす人々を見て、人間の本来あるべき姿を見たのです!!
私はそれを皆さまと共有し、少しでも幸せになってもらうために、
この『人間科学講座』を開講したのです!!」
直後、部屋全体が揺れるような錯覚を覚えた。
まるで軍隊のパレードのど真ん中に放り込まれたかのよう。
メトロノームのように一定のリズムを保ち、一糸乱れぬ拍手喝采。
ワンパターンの笑い声がコンマ1秒のズレもなく、
まるで合唱のように室内に響く。
笑うところなんて何もなかったはずなのに、
全神経が、笑え、笑え、と体を刺激する。
この空間そのものの圧力が、人間の行動を操っているとでも言うのだろうか。
退路を確保するために出口の方を向いたが、
一つしかない出入り口の前には黒いスーツを着た幹部らしき人物が
二人並んで立っていた。トイレ休憩に行くハードルが異様に高い。
吞まれないように、しかし不自然にならないように拍手だけは合わせる。
「家族だからってねえ! 遠慮する必要はないんです!!
私なんて妻と子の間に灰皿をバァーン!! って叩きつけたんですよお!!
やっちゃっていいんです!! それが人間の本質なのだからぁ!!」
中身のない言葉にワッと歓声が上がる。
観察―――を通り越して体験してみて、わかったことがある。
誰も話の内容など理解していない。
ただ隣の信徒(便宜上の呼称)がそうしているから、そうしているだけ。
恐らく信徒に混じって幹部が煽っているのだろうが、
誰がサクラなのかわからないほどに、多くの信徒が同時に音頭を取っていた。
軍隊顔負けの統率力を前に、幹部の特定は断念せざるを得なかった。
いつだったか『誰が言っているのかが重要』という言葉があったが、
この光景は、まるでその言葉を体現している。
社会的な信用のある人間・著名人の言葉であれば、
たとえその中身が伴っていなくとも漠然と信じられてしまうのだ。
根拠のない、それっぽい言葉を並べるだけで信じられてしまう。
ああ、要するに自分の頭で考えるということを知らないのだ。
知っていたとして、あの場に身を置くだけで考えられなくなる。
俺は生まれて初めて『洗脳』という言葉の重みを理解した。
それは人間の持つ基本的な防衛反応であり、
どのような者にとっても抗いがたいものなのだと。
依頼対象を説得することはまず不可能だと考えた。
なぜならそもそも、信徒は話の内容など理解していないのだから。
あまりに強固な同調圧力の中、組織に取り込まれることを受け入れ、
取り込まれた者たちは”合唱”のスピーカーとなり、
また新たな信徒を増やしていくのだ。
それはまるで生き物のように大きくなっていく。
一応だが、科学のように見える何かもあるにはあった。
インターネットで調べればすぐに出てくる心理テストや
チェックシートを埋めるぐらいで、その結果をもとに、
あとは理屈の通らないことを喋るだけ。
完全に洗脳され切った人の話を聞くのは、苦痛だ。
機関が相手にしない理由も理解出来た。
これは神秘でも科学でもなく、ごく普通の、
愚民共のありふれた日常風景に過ぎない。
周りに合わせて自らの意志と価値観を奪われることが
人間にとっての普通なら、それらの外側で生きる者は常に狂気を抱えてなくてはならない。
楽園の喪失。
頭が痛くなるような集会を数度繰り返して、
ようやく依頼対象と同じ班で話し合う機会を得られた。
同調している時は頭のおかしい人間に見えていたが、
個人として話してみれば、どうということはない普通の人間だった。
人並みにアニメやゲームが好きで、運動もしていて、勉強は……苦手そうだったが。
友達になれると思うほど、何故彼のような人間がこんな集会に参加するのか理解に苦しんだ。
ある日、思い切って聞いてみることにした。
「ほかに行くとこ無いんだ」
「家族は冷え切ってるし」
「大学の同級生とはソリが合わないし、
リーダー格の人は良くしてくれるんだけど、その周り。
取り巻きから嫌われててさ。何となく、いなくなって欲しいって感じで。
折り合いが悪いんだ」
「だから、ここしか残っていないというか。
お金はかかるけど……話を合わせてるうちは親切だし。
話してて疲れるけど」
周りの目なんて気にする必要はない。
友達なら俺がなってやる。
中学生が生意気言ってるみたいだけど、
俺はアンタのこと嫌いじゃないしさ。
お金だって、新作のゲームを買ったりだとか、
そういうのに使おう。だから―――
こんなところにいちゃいけない。
自分自身が消えて無くなるぞ。
「……」
「考えとく」
「うちの生徒を引き抜こうとしているのは君かね?」
会長―――と言うと他の会長に失礼な気がするので、
ここでは”教祖”と呼ぶことにする。
教祖は俺が友達を退会させようとしているのをどこかで知って、
レンタルスペースの個室で俺を問い詰めていた。
ボディチェックを受けて盗聴器の類は全て外されてしまった。
「私はね、みんなが楽しく生きられればそれでいいんだ。
君も知っているだろう? 私の教えに従う者は皆、
幸せになれるんだって」
あんな方法で、本当に笑えていると言えるのか?
テメェのやっていることは、ただ自分の都合のいいように
他人の人格を書き換えて人形遊びをしているだけだ。
テメェは人の苦しみを救ったわけじゃない。
その人の人生ごとなかったことにしているだけだ。
「世界が私を必要としているのだよ。
誰もが私の声に耳を傾け、私の導きに従い、
そして苦しみから解放される。
君のお友達だって、もうすぐ救われる」
「ああ、それとも損をするのが嫌なのかな?
お金くらいは出そうじゃないか。
これもみんなの幸せのためさ」
金は受け取らなかった。
帰り道、幹部や側近に襲われるようなことはなかったが、
常に人の視線を感じていた。
作戦決行前、睡眠薬を彼の両親に渡して
束都ドーム集会の日に彼が出席できなくするように頼んだ。
あんなものがなければ、すぐにでも立ち直れる人だ。
彼らは目に見えない凶器を振るっている。
実際に刺されてみたから、理解できる。
あれは人の心を殺すトサツ場だ。
すぐにでも解体しなければならないと思った。
『人間科学講座』束都ドーム集会―――当日。
壇上には教祖と、何名かの幹部が立っている。
俺がやったことは、ごく単純なことだ。
膨大な人数の中、協力者を紛れ込ませることは容易い。
信徒の家族関係を洗い出し、
カルト解体の協力者となる人たちを集めた。
顔を隠して信徒の中に潜り込み、
『合唱』の要領で協力者たちは叫ぶ。
『あの先生は偽物だ!!』
また別の場所から『合唱』が起こる。
『偽物を捕まえろ!!』
信徒はこれに従う者と、困惑する者に分かれた。
壇上に立っているのはたしかに本物だ。
しかし彼らは『教祖の顔も声も認識していない』のだ。
彼らが聞いているのは『場の声』であって、
『教祖の声』ではない。
いともあっけなく、教祖は取り押さえられた。
「や、やめろ……私を誰だと思っている!!!」
無駄なンだよ。
誰もテメェの声を知らない。
誰もテメェの話を聞いちゃいない。
そんな簡単なことも、わからなかったのか。
あるいは、教祖自身も組織に呑まれた者の一人だったのだろうか。
やがて、”おしくらまんじゅう”が始まった。
人体の破壊を厭わないそれは、教祖はもちろんのこと
何名もの死者を出した。
―――踏みつけにされた信徒の中には、依頼対象もいた。
信徒の内乱による『人間科学講座』の解体は時の話題となり、
そしてそれはすぐに忘れ去られていった。
「何故息子を殺したの!!」
「依頼不履行だ!!」
ああ、全部こっちの責任にする気だな。
息子を引き留めるのに睡眠薬を使わなかっただろ?
離婚してそれぞれの愛人の家庭で過ごすために、
息子が邪魔だったんだろう?
子供を押し付け合っていて、
体よく見殺しにできるかもしれない機会が訪れて、
それで見過ごしたワケだ。
「何を根拠に……う、訴えてやるぞ!!」
残念ながらテメェら二人の浮気の証拠は掴んでンだ。
両方とももう子供が生まれてて、
今でもたまに会ってるんだってなァ。
いいぜ。俺を訴えるのは構わねェが、
テメェらの経歴にも傷がつく。
『息子を見殺しにした最悪の夫婦』
そんな肩書を一生背負っていくことになるぜ。
さァ、どうする?
自らの罪から逃れたいか? それとも俺を道連れにするか?