RECORD

Eno.115 古埜岸姉弟の記録

八つの鏡に映る内②

幼い頃、ほぼ毎日同じ夢を見た。


槍や剣や斧
刃物を携えた者が
数えきれないほどいる


全員が
眉を吊り上げ
目を剥いて
ワタシを見降ろしている


ワタシは片膝をついて
すぐにもう片方も言うことを聞かず
手が震え
息ができず
涙で霞んで
せめて目を逸らしはしまいと
瞬きもしまいと
歯を食い縛り
嘔吐いて
喉の奥から迫り上がるものを抑えようと
精一杯の力を込めた腹に


……ここから先は、言い表してもあまり良いことはない。


刻まれる怒号、恨み言
全身に焼き付く痛み
それら全ての断絶と同時に
ワタシは目を覚ます。


解放されたように息を吐き捨てれば
ようやく肺に満たされるものがあって
天井を見上げているうちに強張った力も痛みも引いていく。
汗と涙を拭ってしまえば元通りだ。


足取りを確かめ
澄ました様子で
寝室を出るのだが
居間に腰かけた父上は決まって振り返り
ワタシを抱き締めてきた。


……どうにもワタシは
わかりやすすぎるぐらい
うなされていたようだ。


今となってはこの夢もほとんど見ない。
忘れたのではなく、呑み込んだから。
得体の知れない恐怖ではなく
ワタシの物だと心得たから。
そうしてひとり地に足つけることが叶ったのも
父上の献身のおかげ。


父上は、ずっとワタシの理解者だった。
心から大好きだと思う父上だった。


名はハチノオ。
初代・怪盗ヤツカガミ。







「……父上。最近街に出ると、よく父上に間違えられる。
 あれどうにかならないのだろうか」


「奇遇だな。ワタシはよくヤチヨに間違えられる。

 まあ、一定の歳で姿形が変わらなくなる怪奇は多い。
 皆、そのうち慣れてくれるだろう」


「それだけ大きくなったということだ。ワタシは喜ばしい」


「……父上がそう言うなら、まあ」


「さて、そろそろだ。 行ってくるか」


「…………………
 待った、父上」


「ん?」


「今日の盗み、ワタシも連れて行け。
 何やらやっかいな予感がする」


「オイオイ、ワタシから怪盗の座を盗み取る気か?
 次代のヤツカガミらしく」


「そうではない! ただ……」


「オマエに怪盗としての働きを始めさせるのは
 ワタシの引退と同時と決めている」


「それだってぶっつけ本番というのもアレだろう!
 良い機会だと思って……」


「失敗したら逃げればいいんだよヤチヨ。
 それに、盗みはいつだって臨機応変、一発勝負。変わらないさ。
 オマエはワタシよりもずっと技量に長けるんだから、
 もっと堂々としていなさい」


「…………………

 なら……いってらっしゃい。父上」


「だが言っておくぞ。

 引退する時は必ずワタシの目の前にしろ。
 今、父上が怪盗業から帰ればワタシがここにいるように、
 ワタシが怪盗業に出たなら、帰った時に父上がいてくれないと困る」


「それは保証が難しいな! 何があるかなんてわからんのだから!」


「おい!」


「だが……
 もしもワタシがオマエの前から姿を消してしまったとして」


「どれだけ時間がかかっても
 ワタシはオマエのもとに帰る。
 それは必ず、約束しよう」









結局、父上は行ったきり帰らなかった。
ワタシの予感は的中した。


あちこちで情報を掻き集め辿り着いた答えは、
怪盗ヤツカガミが捕らわれたこと。
そのまま牢にて殺されたこと。


父上が狙った悪党組織に一時的に雇われた用心棒、
ソイツが手を下した張本人だという。


霞目かすみめの暗殺者。
幽霊のように掴みどころが無く動き、
その両腕は目視できず、射程不明。
神秘で"視る"ことはできるが、
場に充満する神秘の飽和によって霞み、
不意を打たれるには十分すぎる隙を与えてしまう。


父上の仇。
それが、ワタシが怪盗として狙う
初めての悪党となった。