RECORD
Eno.306 倉橋千春の記録
拝啓:母上へ
ゆづがこの新居に来てからの初めての親睦会にて
嬉しそうにはしゃいでいたその日の夜。
疲れてぐっすり眠ってしまった貴方の寝顔を暫く眺めたその後に
何時もの”日課”に近くなったものをこなすため
ゆづに別れを告げて、2人の”家”から姿を消す。
誰も居ない夜中の公園のジョギングコースを
2人でお揃いで買った安いワイヤレスイヤホンをつけながら
流行りの人間讃美歌の意味が込められたJ-popなんかを聞いたりして
1人で息を吐きながら走り込む。
──そうしないと、あの時の光景が何時までも過ぎり、眠れない。
現実と悪夢の合間にいるオレは何時までもあの日、あの時からずっと縛られている。
『忘れたい』と願うオレが居て
『お前の罪だ』と責めるオレも居て
どちらも冷めた目で見下したオレも確かに居る。
どうしてあんな事が起きて…いや、オレは罪を犯してしまったんだろう。
思えば『彼女』……「母」は何時も泣いていた。
家同士の繋がりと掟の為に、親父に相応しい才女として在れと育てられた「母」
家同士の繋がりだったとはいえ、親父を1人の男として愛してしまった「母」
家同士の繋がりしか頼れるものがなくても、親父への愛を否定されたくなかった「母」
「母」は良く言っていた。
「千春はお父様に良く似ていて素敵だね。」
「千春が賢いのはきっとお父様の譲りなのね。」
「千春はお父様のように優しい子で居てほしいの。」
「千春だけが分かってくれる、千春ならわかってくれる、千春がお父様以外の私の味方。」
「母」はオレの事が好きだった。
「親父の顔をした、自分に優しくしてくれる”親父の面影があるオレ”が好きだった」
──今でも哀れだと思う、「母」は美しい才女だった。親父への盲目的な愛を除いては。
気高かった人であったんだと思う
それ故に周りに「弱い本当の自分」を見せるのが怖くて
……それをひた隠しにしたまま気丈に家の中では「名家の本妻」として振る舞っていた。
愛した親父にすら、弱い自分を見せたら嫌われてしまうのではないかと怯えて隠していた。
一種の強情にも振る舞って見えたその態度と姿に親父は愛を向けることはなかった。
寧ろ、「高飛車だ」「可愛げがない」「男を立てる素養もない」と
本妻の位置に母がいる事で、妾の……ゆづのお母様を本妻にすげ替えれないことに
何時も親父は憤慨していたと思う。今思うに、あの頃から親父はずっと「母」も「オレ」も邪魔だったのだろう。
──だから「母」は誰か”自分より弱いぶつけていいと思った誰か”を傷つける行為に走ってしまった。
罪もない子供に暴力と虐待を振るう自分自身の在り方に、自分の心もどんどん傷つけながら
“オレの宝物”を傷つけて、傷つけて、傷つけて……
……親父にぶつけられなかった、どろどろの感情を全部ぶつけて
なんとか罅割れた硝子が粉々に砕け落ちるのを堪えていたのだと思う。
でも、あの時のオレは……
オレが庇っても、守っても、ゆづを虐めてしまう「母」の考えがどうしても理解できなくて
夏のある暑い日、ゆづと親父とゆづのお母様が出かけている時に、言ってしまった。
「母様はなんでゆづは悪くないのに虐めるのですか。」と
その時、無知故に……母をきっと酷く傷つけてしまったのだろう。
──────────────────────
その年の6歳の夏の終わり…
一族が集まり、家の方針や掟の内容を話し合う為に訪れた避暑地。
オレは”本家の長男”として、親族の場の会合や儀式に幼いながらも出なければいけなかった。
会合の内容は、オレに倉橋家を継ぐ能力の素養の証が出ない故に
「ゆづ」を次期当主として引き上げて、「ゆづのお母様」を本妻にすべきかというものだった。
今思えば、「母」はきっと会合の内容を事前に知っていたのだろう。
朝から様子が可笑しかった母の為に、親父に楯突いてでもオレは欠席すべきだったのだろう。
けど幼かったオレは、堅苦しい大人たちの会合からが終えてから
何時ものようにゆづと遊ぼうと探していたら……”姿”が見当たらなかった。
手隙の親族や子供達に話を聞くと
「母」が「ゆづ」を連れて”川”へと向かったのだという。
『冷やしているものを取りに行きたい』と
凄く嫌な予感がして、血の気がスッと引いたのを覚えている。
アスファルトが焼け付く道をオレはずっと裸足で走っていて
足の裏が火傷しそうな熱さなんかよりも、身体が寒くて寒くてたまらなくて
“間に合ってくれ”と叫びながら川辺へと駆け込んだ。
───最後にオレが見た「母の健常な姿」は”呪い”で満ちていた。
この世のありとあらゆる罵詈雑言で「お前は死んだ先でも苦しめば良い」とばかりに
「何の罪もないゆづ」を温い夏の川に沈めながら”呪の言葉”を吐いている。
「母」は由緒ある術師の家系だ
「強い念の籠もった言葉は呪った相手をその通りに不幸にする」
……「母」はまるでその”呪”を言葉をぶつけるのが「ゆづ」であるのが当然だというかのように。
……「母」は呪う言葉で「ゆづが死んでも許さない」と罵声を浴びせ続けている。
やめてほしい、何度も何度も「お母さん」に縋った。
このままでは「お母さん」が完全に壊れてしまう、ゆづが死んでしまう。
オレはなんとかしたくて、けど、5歳のオレが本気の力を出した大人に
全力でしがみついても叩きつけるように振り払われてしまうだけで……
もうどうしていいかわからなくて
2人が幸せにいるには、2人が幸せに居てほしかったのに、オレは……
抵抗しないゆづの姿を見て、本気で殺して先まで呪おうとしてるお母さんを見て
「「お母さんの事は全部、ゆづには関係ない、全部全部要らない」」と、心の底から願ってしまった。
─────その瞬間、世界が赤く反転した。
最後にオレを見た「お母さん」の顔は……酷く悲しそうな顔をしていた。
「千春もお母さんを要らないって捨てたのね」とばかりに。
──次に目が覚めた時に、布団の側から鈴のような柔らかな声が聞こえた。
「ゆづを守ってね、千春ちゃん」
────その日、オレの死ぬまでの生き方が決まった瞬間だった。
今も「母」はただそこに在って生きているだけで何も答えてくれない。
オレはその事実から逃げ出すように、我武者羅に夜の道を走るしかできない。
嬉しそうにはしゃいでいたその日の夜。
疲れてぐっすり眠ってしまった貴方の寝顔を暫く眺めたその後に
何時もの”日課”に近くなったものをこなすため
ゆづに別れを告げて、2人の”家”から姿を消す。
誰も居ない夜中の公園のジョギングコースを
2人でお揃いで買った安いワイヤレスイヤホンをつけながら
流行りの人間讃美歌の意味が込められたJ-popなんかを聞いたりして
1人で息を吐きながら走り込む。
──そうしないと、あの時の光景が何時までも過ぎり、眠れない。
現実と悪夢の合間にいるオレは何時までもあの日、あの時からずっと縛られている。
『忘れたい』と願うオレが居て
『お前の罪だ』と責めるオレも居て
どちらも冷めた目で見下したオレも確かに居る。
どうしてあんな事が起きて…いや、オレは罪を犯してしまったんだろう。
思えば『彼女』……「母」は何時も泣いていた。
家同士の繋がりと掟の為に、親父に相応しい才女として在れと育てられた「母」
家同士の繋がりだったとはいえ、親父を1人の男として愛してしまった「母」
家同士の繋がりしか頼れるものがなくても、親父への愛を否定されたくなかった「母」
「母」は良く言っていた。
「千春はお父様に良く似ていて素敵だね。」
「千春が賢いのはきっとお父様の譲りなのね。」
「千春はお父様のように優しい子で居てほしいの。」
「千春だけが分かってくれる、千春ならわかってくれる、千春がお父様以外の私の味方。」
「母」はオレの事が好きだった。
「親父の顔をした、自分に優しくしてくれる”親父の面影があるオレ”が好きだった」
──今でも哀れだと思う、「母」は美しい才女だった。親父への盲目的な愛を除いては。
気高かった人であったんだと思う
それ故に周りに「弱い本当の自分」を見せるのが怖くて
……それをひた隠しにしたまま気丈に家の中では「名家の本妻」として振る舞っていた。
愛した親父にすら、弱い自分を見せたら嫌われてしまうのではないかと怯えて隠していた。
一種の強情にも振る舞って見えたその態度と姿に親父は愛を向けることはなかった。
寧ろ、「高飛車だ」「可愛げがない」「男を立てる素養もない」と
本妻の位置に母がいる事で、妾の……ゆづのお母様を本妻にすげ替えれないことに
何時も親父は憤慨していたと思う。今思うに、あの頃から親父はずっと「母」も「オレ」も邪魔だったのだろう。
──だから「母」は誰か”自分より弱いぶつけていいと思った誰か”を傷つける行為に走ってしまった。
罪もない子供に暴力と虐待を振るう自分自身の在り方に、自分の心もどんどん傷つけながら
“オレの宝物”を傷つけて、傷つけて、傷つけて……
……親父にぶつけられなかった、どろどろの感情を全部ぶつけて
なんとか罅割れた硝子が粉々に砕け落ちるのを堪えていたのだと思う。
でも、あの時のオレは……
オレが庇っても、守っても、ゆづを虐めてしまう「母」の考えがどうしても理解できなくて
夏のある暑い日、ゆづと親父とゆづのお母様が出かけている時に、言ってしまった。
「母様はなんでゆづは悪くないのに虐めるのですか。」と
その時、無知故に……母をきっと酷く傷つけてしまったのだろう。
──────────────────────
その年の6歳の夏の終わり…
一族が集まり、家の方針や掟の内容を話し合う為に訪れた避暑地。
オレは”本家の長男”として、親族の場の会合や儀式に幼いながらも出なければいけなかった。
会合の内容は、オレに倉橋家を継ぐ能力の素養の証が出ない故に
「ゆづ」を次期当主として引き上げて、「ゆづのお母様」を本妻にすべきかというものだった。
今思えば、「母」はきっと会合の内容を事前に知っていたのだろう。
朝から様子が可笑しかった母の為に、親父に楯突いてでもオレは欠席すべきだったのだろう。
けど幼かったオレは、堅苦しい大人たちの会合からが終えてから
何時ものようにゆづと遊ぼうと探していたら……”姿”が見当たらなかった。
手隙の親族や子供達に話を聞くと
「母」が「ゆづ」を連れて”川”へと向かったのだという。
『冷やしているものを取りに行きたい』と
凄く嫌な予感がして、血の気がスッと引いたのを覚えている。
アスファルトが焼け付く道をオレはずっと裸足で走っていて
足の裏が火傷しそうな熱さなんかよりも、身体が寒くて寒くてたまらなくて
“間に合ってくれ”と叫びながら川辺へと駆け込んだ。
───最後にオレが見た「母の健常な姿」は”呪い”で満ちていた。
この世のありとあらゆる罵詈雑言で「お前は死んだ先でも苦しめば良い」とばかりに
「何の罪もないゆづ」を温い夏の川に沈めながら”呪の言葉”を吐いている。
「母」は由緒ある術師の家系だ
「強い念の籠もった言葉は呪った相手をその通りに不幸にする」
……「母」はまるでその”呪”を言葉をぶつけるのが「ゆづ」であるのが当然だというかのように。
……「母」は呪う言葉で「ゆづが死んでも許さない」と罵声を浴びせ続けている。
やめてほしい、何度も何度も「お母さん」に縋った。
このままでは「お母さん」が完全に壊れてしまう、ゆづが死んでしまう。
オレはなんとかしたくて、けど、5歳のオレが本気の力を出した大人に
全力でしがみついても叩きつけるように振り払われてしまうだけで……
もうどうしていいかわからなくて
2人が幸せにいるには、2人が幸せに居てほしかったのに、オレは……
抵抗しないゆづの姿を見て、本気で殺して先まで呪おうとしてるお母さんを見て
「「お母さんの事は全部、ゆづには関係ない、全部全部要らない」」と、心の底から願ってしまった。
─────その瞬間、世界が赤く反転した。
最後にオレを見た「お母さん」の顔は……酷く悲しそうな顔をしていた。
「千春もお母さんを要らないって捨てたのね」とばかりに。
──次に目が覚めた時に、布団の側から鈴のような柔らかな声が聞こえた。
「ゆづを守ってね、千春ちゃん」
────その日、オレの死ぬまでの生き方が決まった瞬間だった。
今も「母」はただそこに在って生きているだけで何も答えてくれない。
オレはその事実から逃げ出すように、我武者羅に夜の道を走るしかできない。