RECORD

Eno.628 六峰 万の記録

身を預ける場、君に倣う

紫紺の空。燃ゆる夕陽。見たこともない標識。不自然に滲んだ看板。

見覚えがあるようで、全くもって知らない。赤く濁った夕日が照り付けるその世界に来るのは初めてじゃなくて。
だから、少しは前よりは焦って歩く必要もないと思っていたけど。


「……」

「……なあ、千葉。あの看板なんて書いてあるん……?」

「知らんが。しょんもなか話ばしとったら置いてくばい」



それでも、「やっぱりちょっとドキドキするなあ」なんて思った。
初めて迷い込んだ時にも隣にいた君に話しかけてみたけど。返事はそっけない。
早足でさっさか歩いていこうとするのを、慌てて追いかけた。
なんで二人して、こんな不気味な場所を歩いているのかと言われれば、
それはまあ簡単な話で。

「千葉、神秘管理……協会? ってこっちで合っとるん?」

「神秘管理局。道ば事前に十分確認したけん、間違いなか」



そう、学連から……学校の偉い人たちから聞いた、裏世界のコミュニティである『機関』。
カレントコーポレーション、神秘管理局、アザーサイドコロニスト……だったか、
その三つの中から一つ。自分が所属する機関を選びに行っている最中であるから。

その『機関』の話を一番最初に出したのは……
確か、以前君の家に行った時。夕飯を分けてもらった日のことだったと思う。



*ちょっと前の日の夕飯のあと*

「千葉さ、どこにするか決めた?」

「……システム会社ば幾つか申し込」

あ~ちゃうちゃう! インターンの話やなくて!
 いま俺その話は聞きたくあらへんやでなあ!」

「はあ……そげん調子やと内定も決まらんっちゃろ……」


「……何ね、『裏世界』の話でもしたか言うと?」

「! せや! その裏世界のはな む゛っ゛

「声がでかか。秘密にしいと言っとーと……!
 俺に話すもよかと言えんくさ……」



急に塞がれたのはびっくりしたけど。でも、きっと君の判断は正しかったと思う。
無意識に勝手に声が大きくなっていくのは、自分の悪癖であったから。

「……ん、あのさ。千葉も聞いたやろ?
 裏世界の……三つの『機関』の話」

「一応説明は受けたんやけど、何がなんだかさっぱりで……
 千葉は……どこに所属するかもう決めた?」

「……まだ。そもそも直接行けとらんし……
 ばってん、近いうちにゃ行くつもりと」

「こげんもんは……早めに決めときたか」

「せやか~……」



……

「……な、その機関行くときさ、俺もついてってええ?」

は?






うん、そう。確かこんな感じだった。
それで、なんとか互いの日程調整をして、この日なら予定合わせられる! と決まっていき。
いざ当日、裏世界の『機関』を回っている最中なのである。
カレントコーポーレーション、アザーサイドコロニストはもう訪問し終えていて、
あとは神秘管理局だけだった。

「しっかしまあ、でっかい公園の裏世界に
 こんなもんがあるとはなあ……」

「……神秘管理局って何するんやろね?
 神秘を管理する……ってのは字面でわかるけど」

「それを今から聞きに行くんやろ。
 ……ほら着いたけん、はよ入らんね」

「わ~、待って待って~!」



一体どんなところだか。さっきまで回ってきたところの説明を思い出しながら、
足を踏み入れていった。


***


そして、しばらくした後。

「はー……」



神秘管理局の局長のおばあさんから話をきいてきた。
細かいことはよくわからなかったけど、表世界に出てきちゃっている悪い『怪奇』というものを、
民間人である自分たちができるなりに、どうにかこうにか……どうにかする組織、らしい。
正直、細かいところはわからないところが多い。と思う。
一応最初から最後までちゃんと聞いていたつもりだけど、知らない単語とかもちょっとあったし……

ただ、多分どの機関に入っても……
『怪奇』を相手に立ち向かうことは必要なんだろうな、というのはなんとなくわかった。
……どうしようかな。

「……なんね、その気の抜けきっとー顔は……」

「いや、なんか……どこも難しい話しとるなあ……思て……」

「当たり前と。……表世界の治安の危機が迫っとーから。
 あれでも嚙み砕いて話しとった方ばい」

「せやか~……」


君はどこの説明を聞いている間でもメモを取っていた。
多分、すごく真面目に、真剣に考えているんだろうなと、横顔を見ることしかできなかった自分と違って。
具体的な活動を尋ね、長考を重ねていた君は。

君は、

「なあ、千葉」

「何?」

「……千葉は、どこに所属するか決まった?」



どうするんだろう?


「俺は……」

「神秘管理局に行こうと……思っとーけど。……なんで?」



少しの間沈黙が流れる。裏世界の風は、表のものより冷え切っている気がした。
暫し逡巡していた結果が出たのか、また君は口を開いた。
予想よりも、断言したような語気だった。

そっか、そうなんだ。

「せや、ねんな。……なら、」




……君が、その場所を選ぶのなら。


「やったら、俺も千葉と同じとこにするわ!」



じゃあ、自分は、俺は。それについて行こう。


「……は?」



何を言っているんだと、言わんばかりの驚愕が顔に描かれている。
そう驚かなくても……って思ったけど、
そんな表情をされるんじゃないかと、どこか思うところはあった。
でも、

「お前、流石に何も考えんで決めるんは……」

「な、何も考えてないわけやないって!
 ……だって、ほらさ!」



だって、さ。


「千葉と俺やったら、どんな場所とこでも問題あらへんやろ!」



真っ暗闇な知らない道でも、迷い込んでしまった赤い世界でも、
君と一緒だったら怖くないよ。


「そ、」

「……そんでも! そげん適当な理由で決めるのはやめりいよ!」

「適当やないって! 俺もちゃんと考えとるよ!」

「アザーサイド……アザコロは正直雰囲気めっちゃ怖かったから……
 流石にちょっとな~……って思っとって……」

「カレントは……でっかい、企業さんのとこやろ?
 それは悪かないけど、なんか……CEOん人怖かったし……

「そげん理由を適当って言っとろうが!?」

「やから違うんやって! 俺には俺の真剣さがあるの!」



あーだこーだ、主張がぶつかりにぶつかって、口論が勃発するけど。
互いに自分の考えを変える気はないから、話は全く進みやしない。

「……ああ、もう……! ……結局はお前の選択でしかなか、
 やけん、もう俺は口出しせんけど……」

「あとから後悔しても……知らんからな!」

「! 大丈夫やって! 俺、後悔はあんませえへんタイプやし!
 無問題さん、やっで~!

「がっ……そんところがほんっとうに、せらかしか……!!



けど、とうとう君が根負けして。
そして呆れ半分の怒号を放ち始めたのを、自分は軽く笑い飛ばして。
そんなこんなで、君と自分の『機関』の所属先は決まった。




本当は、
本当は、カレントコーポレーションが良いなって思う心は少しあったし、
CEOの人もそんなすごく怖かったわけじゃないけど。

でも、それよりも。逸れてしまうのは少し、
寂しかったから。