RECORD
Eno.102 不明門通 辰巳の記録
きらびやかな色硝子が夕日に照らされて、淡い橙色に透けている。賑わう街中を浅葱色の傘が往く。
青年が歩くたびに積み重ねられた屋根の路に振動が伝ってカツカツと音を立て、けれど死骸地の騒がしさは靴音を全て掻き消してしまった。
「デンデラの旦那」
「ようこそお越しくださいました」
暖簾をくぐり抜けた先、湾曲した美しい虹梁の組み込まれた建物の奥。
ごろ、と飛び出た眼球がこちらを一瞥───しなかった。くだんの怪奇はこちらを見ない。
視線はカメレオンのように明後日の方向を向いている。虹彩に同心円を宿す目がぐるりと回った。
特徴的な威圧の在る目、青い肌、赤紫の毛。
牙を剥き出した鬼のような異形の口に、しかし恰好はしゃんとした人間らしい正装を纏う。
死骸地の商人デンデラといえば、この地で店を構える商人なら一度は耳にしたことがあるだろう。
その懐に銭さえ抱えていれば、デンデラはどんな客にも丁寧に対応する。
怪奇だろうが人間だろうが、無頼衆だろうが名のある神であろうが、生きていようが死んでいようが、分け隔てなく。
元服をようやく満たす、酸いも甘いも嚙み分ける前の子供ですら。対等な商売相手として見てくれるのだ。
「ご用向きを」
「頼まれていた品を持ってきた」
「それはそれは。相変わらず丁寧かつ早急なお仕事で幸甚に存じます。さ、どうぞこちらへ」
言葉遣いこそ丁寧だが、デンデラのことを青年は少しだけ苦手に思っていた。
表情や声色から態度を察せない。抑揚らしい抑揚がないのだ。
機械的とまではいわないが、極めて淡泊な態度からは中々人となりを窺い知ることができない。
こと商売に於いては信用やら人情やらが重視される螺千城の商売で、商売人の心情が読めないのは実にやりづらいのである。
狙ってやっているのなら大したものだと内心舌を巻いていた。
「表世界のものを神秘の及ばぬように仕入れるのは苦労しますから」
「一体誰に出すんだよ、こんな菓子」
「それはもう様々な方に」
「さいで」
銅鑼焼き、加須底羅、最中に水羊羹。饅頭、練り切り。金鍔。和三盆の落雁がいくつか。
見るからに高級そうな菓子が、幾つもの桐の箱にぎっしりと詰まっている。熨斗まできちんとつけられた贈答品だ。
どれも個包装の和紙に包まれて、表世界にあるその辺のコンビニエンスストア等では手に入らなそうな品がずらり。
ともすればここで「おぬしも悪よのう」「いえいえお代官さまほどでは」なんてテンプレートなやり取りが成されそうなものだが、生憎とデンデラと青年は軽口の応酬をするような間柄ではなかった。
受け取った物品個数を数えて「確かに」と言ったきりだ。青年も無言を貫いている。会話が続かない。
デンデラには企業秘密と濁されてしまったが、青年にはこれを振舞う相手がなんとなく想像できた。
ひしめきあう怪奇達のなかでもそれなりに長く生きて、地位を築き上げているもの。
たとえばそれは神の名を冠するものであったり、無頼衆のなかでも頭と呼ばれる存在であったり、いずれも螺千城を長く根城としている怪奇達だろう。いわゆる古株の連中。
デンデラの御得意様を青年は殆ど知らない。どういう客を相手にしているのかの全貌を知るのは、それこそ彼の人柄と同じく雲を掴むような話だ。
「いいのかデンデラの旦那。人間が作った菓子を嫌がる怪奇もいるぞ。長く生きている奴は特に」
「彼らが舌鼓を打つのはあくまでも菓子。仕入先ではございません」
「内々で為済ませると」
「左様でございます」
云わぬが故の美しい花が咲いていると彼はのたまった。言って困るような事実は伏せておけと暗に告げている。
ぎょろ、と目が動いて青年を射抜く。一瞬視線を投げられた気がしたが、次の瞬間にはまたぎょろりと別の方向を向いていた。
きっと気のせいだろう。
「商談の茶請けに出すのはいいが、賞味期限にはくれぐれもお気をつけて。また卸しに来る」
「畏まりました。時に若旦那」
「なんだ?」
「例の件、早ければ翌月には仕入れられるかと」
「────……、」
思ったよりも早い。頼んだのは随分前だが、もうしばらく、それこそ数年ほどかかると思っていた。
仕事が早いのはそちらじゃないかと青年は思わず呟く。
「よく都合がついたな」
「伝手がございますので」
「非合法?」
「合法です」
「驚いた……」
相変わらず表情が読めないが、デンデラという商人は大変誠実だ。
支払いが滞りなくできる程度の銭さえ懐にあれば、仕事ぶりは信用していい。まさしく、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるように。
そうか、と青年が感慨深げに呟くとデンデラは仕入れの対価を寄越してきた。
「此度の報酬です。お納めください」
「ちょっ……、と待て、これは、」
青年が受け取ったものに驚いて顔を上げた時にはもうすでに遅し。しずしずとデンデラは店の奥へと引っ込んでいた。
おそらく青年があっけに取られてまごつく時間も込みで例の話を出したのだろう。やり手だ。まんまとしてやられた。
親指ほどの大きさもある金塊を手に、青年は苦々しげに吐き捨てる。
「多すぎる!」
この捌けなかった大粒砂金は、後に様々な渦中へ投げ込まれつつ結局持て余すことになるのだけれど───それはまた別の話。
【日記15】螺千城の話---薄利少売01
きらびやかな色硝子が夕日に照らされて、淡い橙色に透けている。賑わう街中を浅葱色の傘が往く。
青年が歩くたびに積み重ねられた屋根の路に振動が伝ってカツカツと音を立て、けれど死骸地の騒がしさは靴音を全て掻き消してしまった。
「デンデラの旦那」
「ようこそお越しくださいました」
暖簾をくぐり抜けた先、湾曲した美しい虹梁の組み込まれた建物の奥。
ごろ、と飛び出た眼球がこちらを一瞥───しなかった。くだんの怪奇はこちらを見ない。
視線はカメレオンのように明後日の方向を向いている。虹彩に同心円を宿す目がぐるりと回った。
特徴的な威圧の在る目、青い肌、赤紫の毛。
牙を剥き出した鬼のような異形の口に、しかし恰好はしゃんとした人間らしい正装を纏う。
死骸地の商人デンデラといえば、この地で店を構える商人なら一度は耳にしたことがあるだろう。
その懐に銭さえ抱えていれば、デンデラはどんな客にも丁寧に対応する。
怪奇だろうが人間だろうが、無頼衆だろうが名のある神であろうが、生きていようが死んでいようが、分け隔てなく。
元服をようやく満たす、酸いも甘いも嚙み分ける前の子供ですら。対等な商売相手として見てくれるのだ。
「ご用向きを」
「頼まれていた品を持ってきた」
「それはそれは。相変わらず丁寧かつ早急なお仕事で幸甚に存じます。さ、どうぞこちらへ」
言葉遣いこそ丁寧だが、デンデラのことを青年は少しだけ苦手に思っていた。
表情や声色から態度を察せない。抑揚らしい抑揚がないのだ。
機械的とまではいわないが、極めて淡泊な態度からは中々人となりを窺い知ることができない。
こと商売に於いては信用やら人情やらが重視される螺千城の商売で、商売人の心情が読めないのは実にやりづらいのである。
狙ってやっているのなら大したものだと内心舌を巻いていた。
「表世界のものを神秘の及ばぬように仕入れるのは苦労しますから」
「一体誰に出すんだよ、こんな菓子」
「それはもう様々な方に」
「さいで」
銅鑼焼き、加須底羅、最中に水羊羹。饅頭、練り切り。金鍔。和三盆の落雁がいくつか。
見るからに高級そうな菓子が、幾つもの桐の箱にぎっしりと詰まっている。熨斗まできちんとつけられた贈答品だ。
どれも個包装の和紙に包まれて、表世界にあるその辺のコンビニエンスストア等では手に入らなそうな品がずらり。
ともすればここで「おぬしも悪よのう」「いえいえお代官さまほどでは」なんてテンプレートなやり取りが成されそうなものだが、生憎とデンデラと青年は軽口の応酬をするような間柄ではなかった。
受け取った物品個数を数えて「確かに」と言ったきりだ。青年も無言を貫いている。会話が続かない。
デンデラには企業秘密と濁されてしまったが、青年にはこれを振舞う相手がなんとなく想像できた。
ひしめきあう怪奇達のなかでもそれなりに長く生きて、地位を築き上げているもの。
たとえばそれは神の名を冠するものであったり、無頼衆のなかでも頭と呼ばれる存在であったり、いずれも螺千城を長く根城としている怪奇達だろう。いわゆる古株の連中。
デンデラの御得意様を青年は殆ど知らない。どういう客を相手にしているのかの全貌を知るのは、それこそ彼の人柄と同じく雲を掴むような話だ。
「いいのかデンデラの旦那。人間が作った菓子を嫌がる怪奇もいるぞ。長く生きている奴は特に」
「彼らが舌鼓を打つのはあくまでも菓子。仕入先ではございません」
「内々で為済ませると」
「左様でございます」
云わぬが故の美しい花が咲いていると彼はのたまった。言って困るような事実は伏せておけと暗に告げている。
ぎょろ、と目が動いて青年を射抜く。一瞬視線を投げられた気がしたが、次の瞬間にはまたぎょろりと別の方向を向いていた。
きっと気のせいだろう。
「商談の茶請けに出すのはいいが、賞味期限にはくれぐれもお気をつけて。また卸しに来る」
「畏まりました。時に若旦那」
「なんだ?」
「例の件、早ければ翌月には仕入れられるかと」
「────……、」
思ったよりも早い。頼んだのは随分前だが、もうしばらく、それこそ数年ほどかかると思っていた。
仕事が早いのはそちらじゃないかと青年は思わず呟く。
「よく都合がついたな」
「伝手がございますので」
「非合法?」
「合法です」
「驚いた……」
相変わらず表情が読めないが、デンデラという商人は大変誠実だ。
支払いが滞りなくできる程度の銭さえ懐にあれば、仕事ぶりは信用していい。まさしく、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるように。
そうか、と青年が感慨深げに呟くとデンデラは仕入れの対価を寄越してきた。
「此度の報酬です。お納めください」
「ちょっ……、と待て、これは、」
青年が受け取ったものに驚いて顔を上げた時にはもうすでに遅し。しずしずとデンデラは店の奥へと引っ込んでいた。
おそらく青年があっけに取られてまごつく時間も込みで例の話を出したのだろう。やり手だ。まんまとしてやられた。
親指ほどの大きさもある金塊を手に、青年は苦々しげに吐き捨てる。
「多すぎる!」
この捌けなかった大粒砂金は、後に様々な渦中へ投げ込まれつつ結局持て余すことになるのだけれど───それはまた別の話。