
「…………」
いつまでも赤く染まったままの空の下。
女は静かに生温い風に吹かれて佇んでいた。
不可思議な事が当然のように存在する世界で。
ただ懐かしいような、知らないような、世界の色を確かめる。

「……可哀想に」
白い細腕が拾い上げたのは、己と同じ無価値な存在。
枯れて折れた桜の枝。二度と花を咲かす事もない細枝。
火にくべるとしても他を選ぼう、そう思わせるただの枝。
桜の花を咲かす間は、人に愛され好かれたろうに。
花も咲かぬ枯れ木の枝は、道に落ちればただの塵。
桜の花弁も同様に、咲き散るまでは美しいけれど。
落ちて踏まれりゃ醜く汚れ、二度と綻ぶ事はない。
言葉で飾って想いを告げて、人は愛して愛される。
命落として骨に成れば、二度と抱かれる事はない。
零れた水は盆には返らず、流れる時もまた然り。
花は芽生えていずれ枯れ、朽ちて落ちては地を汚す。
人は生まれていずれ死に、記憶の端からこぼれ落つ。
死した者には触れ合えず、生者と深く隔たれる。
───それを良しとはしたくなかった。
朽ち崩れるのを待つだけの、細い桜の枝を撫ぜる。
女の願いはとても細やかで、酷く歪な悍ましいもの。
戻れ、戻れ。時間よ戻れ。
貴方が愛された時間に戻れ。
貴方が生きていた時間に戻れ。
ひとつふたつと蕾が芽吹き、桜の枝に咲き誇る。
その代償はとても細やかで、酷く歪な悍ましいもの。
咲いた桜は身を嗤う。
散った花弁は実を嗤う。
知らぬは子兎ばかりなり。
▼
時間を僅かに巻き戻す神秘の力。
女が憐れんだ対象のみ。傷を癒す力はそれ所以。
現在の対象は幺幺山 美兎が『生きている』と思えるもの、
或いは『まだ戻す時間がある』と思えるものに限られている。
更に『時間を戻した際にどうなるのか』が想像できるものに限定される。
また、枯れ枝に桜を咲かせても、根や幹の無い枝葉はいつか朽ちるように維持は出来ない。
代償に関して
それを知る必要はないよね?