RECORD

Eno.329 九条 陶椛の記録

◇ 序 ◇

乾いた破砕音。

「ぎゃぼっ」



やしろのようなものが吹き飛び、砕け散り、雪の積もる地面に少女が叩きつけられ、跳ねて、背中から落ちた。
じわり、と薄く赤く染まっていく雪。
夕暮れ時の歪んだ明かりが冷たく照らしている。

事故、だった。
そこは怪奇討伐の現場で
裏世界アザーサイドへと迷い込んでしまった少女が人の声につられて踏み込んでしまい
怪奇から放たれる暴威の端に運悪くひっかけられてしまった。

「なっ……何故、民間人が!?」


「いけませんね……私が対応します。
 そちらは任せますよ、いいですか?」


「了解です!」



様々な武器を手に駆けていく戦闘員らしき屈強な男たち。兵士のようであり、魔法使いのようでもあり。
巨大な影が跳び、銃声が鳴り響く。
怒号と悲鳴。軋む音。金切り声。
風に巻き上げられる雪。

色眼鏡をかけた白衣の男性が片膝をつき、倒れた少女の様子を診る。

「ふむ……生きてはいますね。
 なるほど。これは──」



男の呟きは雪に遮られて他には届かない。


◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇


『防衛省特殊状況対応本部』

神秘管理局と呼ばれる公的組織。
彼らはそこに属する公務員で神秘関連事件を取り扱うのが仕事だ。
怪奇の討伐や処置といった荒事が彼らの担当だった。

ここは、神秘管理局に属する病院のひとつ。

怪奇という存在には核となる部位が存在する。場所や大きさなどは怪奇によって違い、そこを探り当てることが対怪奇戦での基礎的な攻略法となる。


うずらの卵程度の大きさと形の翡翠によく似た、石。
怪奇の核を封じた、モノ。

少女の胸の内に、それは息づいていた。

現場での手当ての際にはそれは見つけられなかった。
保護され、秘密裏に搬送。
手術の後、暫くすると動けるようになり、検査の際にそれは発見された。
その時にはそれは体内で臓器などと互いに複雑に絡みつくように癒着してしまっていた。
石から、極細の糸のようなものが無数に伸びていたのだ。それは、黒く長い女の髪に酷似していた。

「これから話すことは重大な機密です。
 他言無用ということでお願いします。
 家族にも、友人にも、誰にも」


「……この世界には怪奇、という危険なモノが
 存在します。
 君があの場所で見たモノたちです。
 そしてその同類が君の体の中に
 巣を作ってしまいました」


「……えっ?」


「そういうワケで、すみませんが君は神秘憑き
 として我々の監視対象となりました」


「そう、ですか…」



胸に手を当てる。
そこに在るモノを感じ取るように。
痛みはない。違和感もない。
ただ、不安と高揚感が渦巻いている。

「もし、あなたが希望するのなら
 訓練次第ではその力を使いこなせる
 可能性はあります。
 危険なのでオススメはしません」


「わかりました。それなら…
 それなら、訓練して、強くなって
 そうしたら私もあの世界へ行ける……
 ということですよ、ね…?」



白衣の男が頷き、微笑む。
少女は自らそこへと踏み込もうとしていた。
とある目的のために。


事故が起きたのは年の暮れ。
それからひと月ほどで回復し
少女は日常生活へと戻っていった。
それまでの日常とは異なる日常に。
陽の下と夜闇の狭間の薄暗がりへ。
腥い翼を得て。

そうして、高校1年生として新しい年度を迎える。

「……そうですね、特別民間協力者として
 彼女は壱の字のところに預けましょうか。
 そうです、怪奇退治専門組織『壱ノ蛇』
 あそこなら似た年頃の学生も多いですし
 きっと馴染むでしょう」


「ええ。若い子が私らのようなおじさんたちに
 囲まれて過ごすというのも気の毒ですからね。
 手配はこちらでしておきます。では…」