RECORD

Eno.232 月影誠の記録

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一先ずは神秘による加虐欲の発露は収まった。
それでもバッドトリップは収まらず、ずっと視界がぐるぐるして気持ち悪い。
あまりにも酷いから部屋からも出られず、横になったまま。
SURFの通知が鳴っても、ロクに操作できず。
何度も吐き戻して、吐くものがなくなっても戻して、何度か意識が飛んで、その繰り返し。
気付けばすっかり夕方になっていて、裏の世界を思い出して、境界線が曖昧になって。
世界が、ぐるりと回る。



そしたら、雪宗とアヤメとひばりが押し寄せてきた。
夜遥も相変わらずSURFに連絡を寄越してくれていた。
恐らく、連絡を返せなかったことから体調不良を疑われたらしく。
配布物の他にも、食べ物やスポーツドリンクの差し入れをもらってしまった。

誰にも心配をかけられないように。気にされないように。
程々の距離で、特に目立たずに深入りもしない。
常に一線を引いて過ごしてきたと思うのに。



「俺は…月影君、今までの話を、君の事情を聞いて…君のことを忌避しようとは思わなかった。」


「君を怖いと、思わなかった。何故か…君はそんなことをしたとしても、深く、深く、考えるだろうと思ったからだよ。」



雪宗は、思慮深いやつだと思う。
秩序的で社会的規律を守る、そんな人物だとえ? でも結構遅刻してね?
きっと今回も、社会性を重んじてこうやって気にかけてくれたのだろうと。
こんなやつに気をかけずに、英理に気を回してやれと思うのだけれども。



「……私、月影さんに前から話してみたかったって言われて、
 嬉しかったんですよ。
 私みたいなのと、話がしたいだなんて言ってくれて」


「私は、今の自分が嫌いです。何も出来ない自分が嫌です。
 それこそ、分人主義者とは程遠い考えを持っているのかもしれません」


「だからこそ、貴方の優しさが嬉しかった。
 さりげない気遣いのお陰で、クラスに打ち解ける事ができた。
 "ここなら今のままでもいいんだ"って……そう思えて」


「……それは、本心じゃ無かったんですか?
 優しい人でありたいから……演じてたんですか?」


「……私も、月影さんが怖いだなんて……
 のけ者にしたいだなんて、思いませんよ」



アヤメは日陰者、と言うが、そこまで日陰者ではないと思う。
こうして人の寮室までやって来るくらいだし、存外に自分の意見をはっきりと言う。
存外に楽しくて、可愛らしくて、だから何気ない日常をそのまま過ごしてほしいな、と思う。
俺なんかに気を配らないで。自分のことに一生懸命になってほしい。



「逆立ち回転鬼ごっこ、私がなんかの話で「うん」いったら、あんた「こいつほんま」いったでしょ」


「あの時のあんた、素でしょ」
「可愛いとこあるじゃないって思ったのよ」



ひばりは自由奔放で何にでもすぐに首を突っ込んでいく、
表情に対してかなりアクティブで好奇心旺盛な人間だと思っている。
だから多少きつめのツッコミだとしても傷つかないと思っていたけど、
もしかしてそれは勝手な思い込みだったか? と、謝ったら何故か笑われた。
……何でそう言われたのかは、よく分からない。



正解は分からない。
正直に言うと、拒絶されないことが恐ろしい。
いつこの暴力性が牙を剥いて人を傷つけるか分からない。
拒絶されれば、少なくとも危害を加える距離からは離れてくれる。

俺は孤独にはならなかった。
小中学のときも、クラスメイトが気にかけてくれて助けてくれた。
それが嬉しかったから、そう在りたいと思っている。
けれど、それ以上に家族のような人間にはなりたくなくて。
いつかこの精神性が人を傷つけるかもしれないことが恐ろしくて。

記憶にはっきりと残っている。
己が手をかけて、殺しかけた人間の姿を。


「……ぬるりとした、血の感触も。
 倒れ伏して、痛みでびくびくと痙攣する人間の姿も。
 全部、覚えていて。確かにあのとき、歓んでいて


「―― どうして、そうはならないと言い切れる?」


君たちを心のどこかで、獲物として見ているというのに。







……本当に、嫌だな。
素直に、ありがとうって心の底から言えないこと。あらゆる言い訳をして、拒絶して。
狂暴性を持っていても大丈夫だって。優しい月影誠だって、言ってくれるのに。
それを、甘んじて受け入れられるほどの度胸がなくて。

背に残った温もりも。
俺のために色々準備してくれたものも。

本当に。今日こうやって来てくれたこと。
嬉しかったんだよ。本当なんだよ。