RECORD
Eno.88 御子柴 桜空の記録
近頃、悩み事が多い。
桜フレーバーのお菓子をちょくちょく買って食べていたのだが、
シーズンが過ぎてあまり売られなくなってきた。
分かる問題なのに、授業をあまり聞いてなくて、
突然刺された時に答えられないことも多くなってきた。
あと、体重もちょっと増えてきた。
少しふくよかなぐらいが可愛いともいうが、
それは方便で、悩みの種には変わりないのである。



要点を欠かしたコミュニケーションで後輩を振り落としてしまった。悪癖。
偶然会ったクラスメイトとのラーメンに纏わる約束の話をしながら、
放課後の帰路をのんびりと歩いていく。
穏やかな日々。その裏には、溢れ出るものを抑え続ける人たち。
協力者の一員になってからまあまあの時間が経った。
戦う才能の無かった肉体には、フラグメントによって神秘が宿り、
ある程度の自衛や、人の治療ができるようになった。
前線で敵の首をどうこう、というわけにはいかないが、
それでも皆と肩を並べて戦うことができる。
どんなに嬉しいことか。いつも誰かの背中を見てばかりの人生だったから。
いつか千賀さんを見返すぐらい強くなりたいな、と思う。
そうすればいつも意地悪されてる分をやり返せるだろうし!
「そういえば先輩。
神秘密送の方が……あなたも、オカルトリップスに出てみないかって」
「え──オカトリ!?」
不意に齎されたオファーに思わず声を弾ませる。
オカルトリップス。金曜日の17時から放送されている、
組織"神秘密送"が手掛けている心霊バラエティ番組。おれもよく見てる。
今でも雑誌や動画サイトでちょくちょく活動してるのだが、
一足跳んでローカル放送の舞台へ。モデルを志す者として、かなり素敵な響きだ。
「はい。といってもレギュラーではなく、
一部のコーナーのゲストとして、ですが……」
「いやいや十分!テレビに出られるだけでも嬉しいし……
何より、楽しそうですからね!仲間に入れてもらえるなら是非!」
裏世界の揺らぎを起因とする治安維持や、神秘秘匿。
それは表世界でも変わらず行われていて、
戦うだけではなく、お話をすることで対応していくこともある。
おれは、人に対して嘯くのは、戦うよりもよっぽど得意だと自負している。
元々小説を書いたり、教師を目指してみたりもしていたのだから、
言葉を手繰って──こう、うまいこといい感じにする方が向いてるだろう、と。
「予定空けとかないとな。女子高生の放課後や休日は、
意識しないとすぐ遊びとかで埋まっちゃうから」
「ふふ、先輩はそうでしょうね」
「蜜奈ちゃんもそうしたらいいのに~」
春は終われど、また巡ってくる。けれど青い春の時間は有限だ。
次々に行動を起こさないと、あっという間に過ぎていく。
家族の仕事の都合で引っ越してばかりだから、
これはもう血筋なのだろうなと思った。血は争えない。
未来を楽しみに足を弾ませながら帰路の続きを歩いて───
またもや蜜奈ちゃんが、ふと、こちらに「あ」と声をかけてくる。
「そういえば今日は───
ヒュウガさんが、報告に来るって話でしたね」
(──────)
一瞬、思考が止まったような気がした。
その名前を聞いて、何か違和感を覚えた、気がした。
───初めて聞く名前だった。
いや、初めて聞いた名前ってだけなら別にいい。
何かの勘違いかって聞き返せばそれで済む話だから。
でも、初めて聞くというのが何かおかしい気がする。
寧ろ、聞いたことがあって、こちらが忘れちゃってる、という感覚がある。
いやでも、本当に覚えがない。何故そう感じるのかが分からない。
おれはそんな人、知らない。
おれの人生にはいなかった。会ったことがない、はずだ。
「……先輩?」
言葉に詰まったのを心配そうに呼ばれる。
それで現世に引き戻されでもしたような心地がして、
なんとか、落ち着きを取り戻すことができた。
気のせいだ。知らない名前に大した意味は含まれてなくて、
おれか、蜜奈ちゃんのどちらかが思い違いをしているだけ。
それだけのことに、らしくなく深刻に受け止めてしまった。
それでも「ああ、」「うん」と曖昧な相槌を返す事しかできなかったが──
「おい、もしかしてすっぽかそうって気じゃねえだろうな」
心臓が、跳ねた。
低く優しい声がした方を向くと、そこにはいつのまにか男の人が立っていた。
俺の斜め後ろ、というか、ほぼ隣だ。慈しむような目つきでこちらを見ている。
マスクの上からでもわかる整った鼻筋。
片眼をほとんど覆う前髪はさらさらと揺れて艶やかで、
きつい印象を持つはずの三白眼は今や燦然と輝く一等星。
───再び言葉を失った。頭が真っ白になり、
でも今回は、どこか心地よい上の空加減である。

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言ってることはよくわからないけど、紡がれる言葉のひとつひとつが耳心地良い。
知らないはずなのに、酷く安心する。
きっとおれはこの人に会うために生まれたのだとさえ錯覚するかのように。
そんなのもう─── どうしようもないほどの一目惚れだ。
一生に一度あるかどうかってレベルの。あるいは魂レベルの恋。
恋は盲目だ、とつくづく思う。
こんな時に自分で言うのもなんだが、おれは結構モテるほうだ。
モデルとか、インフルエンサーとか、そういうのは表層だけを切り取られて、
都合よく解釈されて、それを好かれるということがまあ多く、そして俺もその例には漏れなかった。
けれど、ただ一目見たってだけで、
顔が、少しの仕草が、これほど眩しく感じられるなら、
目暗いのも悪くはない。あの人達もきっと、そうだったんだろう。
例え、理想と違うとしても。今ある像を追わないわけにはいかない。
「す、」
「す?」 「せ、先輩……?」

頭には辞書みたいに幾多もの言葉があるはずなのに、
感情が高ぶるともう本当に簡単なものしか出てこない。
仕方ない。普通の少年少女とは、冷静にいられないようにできているのだから。
空は退紅なれど青い春
近頃、悩み事が多い。
桜フレーバーのお菓子をちょくちょく買って食べていたのだが、
シーズンが過ぎてあまり売られなくなってきた。
分かる問題なのに、授業をあまり聞いてなくて、
突然刺された時に答えられないことも多くなってきた。
あと、体重もちょっと増えてきた。
少しふくよかなぐらいが可愛いともいうが、
それは方便で、悩みの種には変わりないのである。

「桜空先輩、今日は……お変わり、ないですか?」

「ないよ〜。
強いて言えば……ラーメンが食べたくなったかも」

「それはまた、どういう……」
要点を欠かしたコミュニケーションで後輩を振り落としてしまった。悪癖。
偶然会ったクラスメイトとのラーメンに纏わる約束の話をしながら、
放課後の帰路をのんびりと歩いていく。
穏やかな日々。その裏には、溢れ出るものを抑え続ける人たち。
協力者の一員になってからまあまあの時間が経った。
戦う才能の無かった肉体には、フラグメントによって神秘が宿り、
ある程度の自衛や、人の治療ができるようになった。
前線で敵の首をどうこう、というわけにはいかないが、
それでも皆と肩を並べて戦うことができる。
どんなに嬉しいことか。いつも誰かの背中を見てばかりの人生だったから。
いつか千賀さんを見返すぐらい強くなりたいな、と思う。
そうすればいつも意地悪されてる分をやり返せるだろうし!
「そういえば先輩。
神秘密送の方が……あなたも、オカルトリップスに出てみないかって」
「え──オカトリ!?」
不意に齎されたオファーに思わず声を弾ませる。
オカルトリップス。金曜日の17時から放送されている、
組織"神秘密送"が手掛けている心霊バラエティ番組。おれもよく見てる。
今でも雑誌や動画サイトでちょくちょく活動してるのだが、
一足跳んでローカル放送の舞台へ。モデルを志す者として、かなり素敵な響きだ。
「はい。といってもレギュラーではなく、
一部のコーナーのゲストとして、ですが……」
「いやいや十分!テレビに出られるだけでも嬉しいし……
何より、楽しそうですからね!仲間に入れてもらえるなら是非!」
裏世界の揺らぎを起因とする治安維持や、神秘秘匿。
それは表世界でも変わらず行われていて、
戦うだけではなく、お話をすることで対応していくこともある。
おれは、人に対して嘯くのは、戦うよりもよっぽど得意だと自負している。
元々小説を書いたり、教師を目指してみたりもしていたのだから、
言葉を手繰って──こう、うまいこといい感じにする方が向いてるだろう、と。
「予定空けとかないとな。女子高生の放課後や休日は、
意識しないとすぐ遊びとかで埋まっちゃうから」
「ふふ、先輩はそうでしょうね」
「蜜奈ちゃんもそうしたらいいのに~」
春は終われど、また巡ってくる。けれど青い春の時間は有限だ。
次々に行動を起こさないと、あっという間に過ぎていく。
家族の仕事の都合で引っ越してばかりだから、
これはもう血筋なのだろうなと思った。血は争えない。
未来を楽しみに足を弾ませながら帰路の続きを歩いて───
またもや蜜奈ちゃんが、ふと、こちらに「あ」と声をかけてくる。
「そういえば今日は───
ヒュウガさんが、報告に来るって話でしたね」
(──────)
一瞬、思考が止まったような気がした。
その名前を聞いて、何か違和感を覚えた、気がした。
───初めて聞く名前だった。
いや、初めて聞いた名前ってだけなら別にいい。
何かの勘違いかって聞き返せばそれで済む話だから。
でも、初めて聞くというのが何かおかしい気がする。
寧ろ、聞いたことがあって、こちらが忘れちゃってる、という感覚がある。
いやでも、本当に覚えがない。何故そう感じるのかが分からない。
おれはそんな人、知らない。
おれの人生にはいなかった。会ったことがない、はずだ。
「……先輩?」
言葉に詰まったのを心配そうに呼ばれる。
それで現世に引き戻されでもしたような心地がして、
なんとか、落ち着きを取り戻すことができた。
気のせいだ。知らない名前に大した意味は含まれてなくて、
おれか、蜜奈ちゃんのどちらかが思い違いをしているだけ。
それだけのことに、らしくなく深刻に受け止めてしまった。
それでも「ああ、」「うん」と曖昧な相槌を返す事しかできなかったが──
「おい、もしかしてすっぽかそうって気じゃねえだろうな」
心臓が、跳ねた。
低く優しい声がした方を向くと、そこにはいつのまにか男の人が立っていた。
俺の斜め後ろ、というか、ほぼ隣だ。慈しむような目つきでこちらを見ている。
マスクの上からでもわかる整った鼻筋。
片眼をほとんど覆う前髪はさらさらと揺れて艶やかで、
きつい印象を持つはずの三白眼は今や燦然と輝く一等星。
───再び言葉を失った。頭が真っ白になり、
でも今回は、どこか心地よい上の空加減である。

「ふふっ、ヒュウガさん……今戻ってこられたところ、ですか?」
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「あーまあな。思ったより長引いちまったけど、
野暮用は済んだ。千賀の奴への土産も含めて、手筈は完璧だ」
言ってることはよくわからないけど、紡がれる言葉のひとつひとつが耳心地良い。
知らないはずなのに、酷く安心する。
きっとおれはこの人に会うために生まれたのだとさえ錯覚するかのように。
そんなのもう─── どうしようもないほどの一目惚れだ。
一生に一度あるかどうかってレベルの。あるいは魂レベルの恋。
恋は盲目だ、とつくづく思う。
こんな時に自分で言うのもなんだが、おれは結構モテるほうだ。
モデルとか、インフルエンサーとか、そういうのは表層だけを切り取られて、
都合よく解釈されて、それを好かれるということがまあ多く、そして俺もその例には漏れなかった。
けれど、ただ一目見たってだけで、
顔が、少しの仕草が、これほど眩しく感じられるなら、
目暗いのも悪くはない。あの人達もきっと、そうだったんだろう。
例え、理想と違うとしても。今ある像を追わないわけにはいかない。
「す、」
「す?」 「せ、先輩……?」

「す───好きです!!!!」
頭には辞書みたいに幾多もの言葉があるはずなのに、
感情が高ぶるともう本当に簡単なものしか出てこない。
仕方ない。普通の少年少女とは、冷静にいられないようにできているのだから。
恋に溺れる胸の片隅に、何か泣きたくなるほどの虚しさが残る。
きっと、何か大事なものを失ったことぐらい、今のおれにも分かる。
その痛みがきっと、失ってまでも残したかったもの。
突き動かされるままに、青い春が終わる前に、やるべきだと感じたことをする。
これから続く、どこかへ繋げる、御子柴桜空の──もうひとつの人生だ。