RECORD
Eno.112 天降川もあの記録
#04 「To get more.」
廊下側の壁の上部にある小窓と前後の扉から差し込む明かりで、どこに何があるかくらいは判断がつく薄暗い教室。
分厚いカーテンで外からの光はもちろん、音すらも遮られ。
奥まった立地ゆえ人通りも少なく、声を上げてもただちに誰か来ることは恐らくない。
そんなところへ連れてこられたものだから、室内の埃っぽさに軽い咳が出る。
「ごめんなさいね。
本当はもっとしっかりしたとこに行くべきなんだけど、一対一になるには今しかないかなって」
言いながら、黒いパンツスーツの女性は教室の隅に積み上げられた机の山から二人分の椅子を引き抜くと、ハンカチで軽く拭いたのち適度な距離を開けて向かい合わせに並べる。
人気のない場所で無理やりどうにか、といった感じではない口振りに、少し肩の力が抜けた。
促されたので片方に腰を下ろすと、彼女ももう一方に座ってこちらをじっと見つめてくる。
「記録させてもらうわね」
内ポケットから摘み上げた小さな端末が、有無を言わさず彼女の手の中でピッと音を発した。
「神秘管理局の■■■■■と申します。
天降川もあさん。あなたの身の回りで起きたことについて、聞かせてもらえないかしら」
聞き慣れない所属とその後の問いかけに、一瞬背筋が寒くなる。
この人が何を尋ねたいのかはわかる。私もそこまで馬鹿なつもりはない。しかし。
返答に困っていると、より具体的な問いかけが飛んできた。
「質問を変えましょう。
今年の八月、北摩西部の■■町■■公園に行かなかった?」
「……日付までは覚えてません。でも行ったと思います」
よく知る町名を認識したせいで少々間を開けつつも、ここは正直に返事をした。
あの森に公園としての名前が付いていたというのは初耳だった。
「『思う』? はっきりしないのはどうして?」
「一日中暑かった日に、あの森に行ったような、そうじゃあないような。
ぼんやりと記憶にはあるのに、実際に起きたことなのかが曖昧なんです。白昼夢、みたいな」
なるほど、と頷いて、繰り返し目線を合わせてくる。
嘘は言っていない。あの日の出来事は私自身飲み込み切れていないのだから。
あれを夢と呼ぶにはリアリティがありすぎるし、現実と呼ぶには少々空想的でもある。
「夢か現実か、行ったか行ってないかは、この際どちらでもいいわ。
あなたが覚えているその記憶の中で、何か不思議な体験をしたんじゃない?
たとえば、北摩市とよく似た別の場所に迷い込んだ、とか」
「……っ!?」
思わず身体がビクッと反応した。驚きはきっと顔にも出てしまっていることだろう。
元々隠すつもりはなかったけれど、こうなると素直に伝えるしかない。
が、これが全てを把握した上での事実確認なのだと察して、一つだけ尋ねてみる。
「小学生にこんな話をするのは面白半分とかじゃあないからですよね?」
「あなたの目にどう映っているかはともかく、私はいつでも大真面目よ。
ただ強いて言うなら、あなたがそういう子だから、かな。
怪しい大人の後をついてきて、こんな場所で変な話に付き合ってくれている。
だけども単なる考えなしとも違う。いつだって精一杯ものを見てる。
私みたいな人が来るのを待っていた、って感じ」
「…………大人って凄いです」
心の内を見透かされたようで、返す言葉もない。
「納得してもらえたなら、あなたが抱えていたもの、聞かせてくれる?」
この人相手になら、という妙な安心感から、当初の質問であった幾つかの出来事を順に伝えることにした。
夏の日に体験した白昼夢。包帯に始まり、周りで様々なものが消えては戻ってくる謎の現象。
誰にも話せずにいたあれそれを吐き出せた時、胸の奥でどこかすっきりした感覚があった。
「異界に行って戻ってきたら周囲で神秘的現象に見舞われる……大体は観測通りね。
みだりに他人に言いふらさなかったところはえらいわよ。褒めてあげる」
「別に、誰かに話しても信じて貰えると思わなかったから。
……観測って、まるで私にあったことを知ってたみたいな言い方」
「いいえ。私たちに分かるのはあの公園で何かが起きていたこと。
それと、誰か巻き込まれた人がいたらしい、というところまでよ。
その辺りもちょっと説明しておきましょうか」
それから少しの間、簡単な歴史の授業が始まった。
決して学校で教わらないであろう、北摩市の表と裏の顔。
学連とは別にある、機関と呼ばれる組織。
そして『神秘』と『怪奇』、二つの超常的な存在について。
もちろん、子供が知っても差し支えのない程度の、ごく浅い知識なのだと思う。
「今は難しいことまで理解しなくていいけど、この話を踏まえて伝えておきたいこととお願いしたいことが一つずつあるの。
まず一つ。あなたには何か憑いてるか、力が宿っている。
物を消したり戻したり、は『それ』の仕業ね」
「それはまあ、薄々と。説明がつかないことばかりだし」
「話を聞く限りだと、消えたものが欠けずに元通りになっているわけだから、この力は制御できる類いのものだわ。
というより、制御してもらわないと困るの」
「外で、人前で何か消しちゃったりしないように、ですか」
「規則もあるから、大っぴらにどうしろこうしろとも言えないけどね」
こっちで修行させるわけにもいかないし、などとぼやいては、彼女は神秘の説明を振り返った。
『神秘は分からないからこそ脅威であり、また力にもなる』――だから私たちは神秘を神秘のまま留めておかなくてはいけない。
『神秘に類するものを人々に認知されてはいけない』と、しつこいくらい念押ししてくる。
それほどまでに、この事象が人の目に触れ解明されることは望ましくないのだ。
「プレゼントをもらって喜んでる子供から取り上げて預かるような……。
そうしろ、と言われたら他にないじゃないですか」
「ええ。これが、もう一つのお願い。
あなたはその歳で色々と考えて動ける子だけど、私たちが直接面倒を見るには幼すぎる。
ある程度自立してから……そうね、高等部に進んだ頃に改めて協力を仰ぐと思うわ」
「よく勝手だって言われません?」
「そりゃあもう、しょっちゅう。
そんな悪い大人を演じてでも、プレゼントを子供の手元に置いておけるように手引したいのよ」
大きなため息を聞いて、彼女は用が済んだとばかりに席を立つ。
つられて私も立ち上がると、座っていた椅子を渡すように手で指示してくる。
「……私てっきり口封じでもされると思ってました」
「どうして?」
「だって映画や都市伝説では、世界の秘密を知った者の前に黒い服の人たちが現れて無事では済まないって」
椅子を元の位置に戻しながら、彼女が吹き出したように笑う。
ツボに入ったのかしばらく笑い続けて、ようやく落ち着いてきたと思えば、
「期待に添えなくてごめんね。サングラス掛けてきた方がよかった?」
こちらの意図を汲んだ冗談が返ってきた。
別れ際、聞きそびれていたことを思い出したので、ついでにぶつけてみる。
「そういえば、一つ気になることがあるんですけど。
お姉さんが管理局の人なら、同じような力を持ってないわけがないですよね」
「知りたい?」
もちろん、と顔を見合わせ催促すると、彼女は小さく意地悪そうに微笑んで、
「私の言うことを守って、三年経っても覚えてたなら教えてあげる」
分厚いカーテンで外からの光はもちろん、音すらも遮られ。
奥まった立地ゆえ人通りも少なく、声を上げてもただちに誰か来ることは恐らくない。
そんなところへ連れてこられたものだから、室内の埃っぽさに軽い咳が出る。
「ごめんなさいね。
本当はもっとしっかりしたとこに行くべきなんだけど、一対一になるには今しかないかなって」
言いながら、黒いパンツスーツの女性は教室の隅に積み上げられた机の山から二人分の椅子を引き抜くと、ハンカチで軽く拭いたのち適度な距離を開けて向かい合わせに並べる。
人気のない場所で無理やりどうにか、といった感じではない口振りに、少し肩の力が抜けた。
促されたので片方に腰を下ろすと、彼女ももう一方に座ってこちらをじっと見つめてくる。
「記録させてもらうわね」
内ポケットから摘み上げた小さな端末が、有無を言わさず彼女の手の中でピッと音を発した。
「神秘管理局の■■■■■と申します。
天降川もあさん。あなたの身の回りで起きたことについて、聞かせてもらえないかしら」
聞き慣れない所属とその後の問いかけに、一瞬背筋が寒くなる。
この人が何を尋ねたいのかはわかる。私もそこまで馬鹿なつもりはない。しかし。
返答に困っていると、より具体的な問いかけが飛んできた。
「質問を変えましょう。
今年の八月、北摩西部の■■町■■公園に行かなかった?」
「……日付までは覚えてません。でも行ったと思います」
よく知る町名を認識したせいで少々間を開けつつも、ここは正直に返事をした。
あの森に公園としての名前が付いていたというのは初耳だった。
「『思う』? はっきりしないのはどうして?」
「一日中暑かった日に、あの森に行ったような、そうじゃあないような。
ぼんやりと記憶にはあるのに、実際に起きたことなのかが曖昧なんです。白昼夢、みたいな」
なるほど、と頷いて、繰り返し目線を合わせてくる。
嘘は言っていない。あの日の出来事は私自身飲み込み切れていないのだから。
あれを夢と呼ぶにはリアリティがありすぎるし、現実と呼ぶには少々空想的でもある。
「夢か現実か、行ったか行ってないかは、この際どちらでもいいわ。
あなたが覚えているその記憶の中で、何か不思議な体験をしたんじゃない?
たとえば、北摩市とよく似た別の場所に迷い込んだ、とか」
「……っ!?」
思わず身体がビクッと反応した。驚きはきっと顔にも出てしまっていることだろう。
元々隠すつもりはなかったけれど、こうなると素直に伝えるしかない。
が、これが全てを把握した上での事実確認なのだと察して、一つだけ尋ねてみる。
「小学生にこんな話をするのは面白半分とかじゃあないからですよね?」
「あなたの目にどう映っているかはともかく、私はいつでも大真面目よ。
ただ強いて言うなら、あなたがそういう子だから、かな。
怪しい大人の後をついてきて、こんな場所で変な話に付き合ってくれている。
だけども単なる考えなしとも違う。いつだって精一杯ものを見てる。
私みたいな人が来るのを待っていた、って感じ」
「…………大人って凄いです」
心の内を見透かされたようで、返す言葉もない。
「納得してもらえたなら、あなたが抱えていたもの、聞かせてくれる?」
この人相手になら、という妙な安心感から、当初の質問であった幾つかの出来事を順に伝えることにした。
夏の日に体験した白昼夢。包帯に始まり、周りで様々なものが消えては戻ってくる謎の現象。
誰にも話せずにいたあれそれを吐き出せた時、胸の奥でどこかすっきりした感覚があった。
「異界に行って戻ってきたら周囲で神秘的現象に見舞われる……大体は観測通りね。
みだりに他人に言いふらさなかったところはえらいわよ。褒めてあげる」
「別に、誰かに話しても信じて貰えると思わなかったから。
……観測って、まるで私にあったことを知ってたみたいな言い方」
「いいえ。私たちに分かるのはあの公園で何かが起きていたこと。
それと、誰か巻き込まれた人がいたらしい、というところまでよ。
その辺りもちょっと説明しておきましょうか」
それから少しの間、簡単な歴史の授業が始まった。
決して学校で教わらないであろう、北摩市の表と裏の顔。
学連とは別にある、機関と呼ばれる組織。
そして『神秘』と『怪奇』、二つの超常的な存在について。
もちろん、子供が知っても差し支えのない程度の、ごく浅い知識なのだと思う。
「今は難しいことまで理解しなくていいけど、この話を踏まえて伝えておきたいこととお願いしたいことが一つずつあるの。
まず一つ。あなたには何か憑いてるか、力が宿っている。
物を消したり戻したり、は『それ』の仕業ね」
「それはまあ、薄々と。説明がつかないことばかりだし」
「話を聞く限りだと、消えたものが欠けずに元通りになっているわけだから、この力は制御できる類いのものだわ。
というより、制御してもらわないと困るの」
「外で、人前で何か消しちゃったりしないように、ですか」
「規則もあるから、大っぴらにどうしろこうしろとも言えないけどね」
こっちで修行させるわけにもいかないし、などとぼやいては、彼女は神秘の説明を振り返った。
『神秘は分からないからこそ脅威であり、また力にもなる』――だから私たちは神秘を神秘のまま留めておかなくてはいけない。
『神秘に類するものを人々に認知されてはいけない』と、しつこいくらい念押ししてくる。
それほどまでに、この事象が人の目に触れ解明されることは望ましくないのだ。
「プレゼントをもらって喜んでる子供から取り上げて預かるような……。
そうしろ、と言われたら他にないじゃないですか」
「ええ。これが、もう一つのお願い。
あなたはその歳で色々と考えて動ける子だけど、私たちが直接面倒を見るには幼すぎる。
ある程度自立してから……そうね、高等部に進んだ頃に改めて協力を仰ぐと思うわ」
「よく勝手だって言われません?」
「そりゃあもう、しょっちゅう。
そんな悪い大人を演じてでも、プレゼントを子供の手元に置いておけるように手引したいのよ」
大きなため息を聞いて、彼女は用が済んだとばかりに席を立つ。
つられて私も立ち上がると、座っていた椅子を渡すように手で指示してくる。
「……私てっきり口封じでもされると思ってました」
「どうして?」
「だって映画や都市伝説では、世界の秘密を知った者の前に黒い服の人たちが現れて無事では済まないって」
椅子を元の位置に戻しながら、彼女が吹き出したように笑う。
ツボに入ったのかしばらく笑い続けて、ようやく落ち着いてきたと思えば、
「期待に添えなくてごめんね。サングラス掛けてきた方がよかった?」
こちらの意図を汲んだ冗談が返ってきた。
別れ際、聞きそびれていたことを思い出したので、ついでにぶつけてみる。
「そういえば、一つ気になることがあるんですけど。
お姉さんが管理局の人なら、同じような力を持ってないわけがないですよね」
「知りたい?」
もちろん、と顔を見合わせ催促すると、彼女は小さく意地悪そうに微笑んで、
「私の言うことを守って、三年経っても覚えてたなら教えてあげる」