RECORD

Eno.458 烏丸_椿の記録

沙羅非-Ep.4.1:暮れ顔・壱

「それでは、ご用件をお伺いいたしましょうか」

「"無貌"のご息女様」



 夕陽差す事務所。空調と換気扇の音。
 ローテーブルをはさんで、"顔の無い"貴女と、スーツの中年は相対する。

「とりあえず、ですわね」



「おやめくださいまし、父の名を出すのは! 私、父のことが大嫌いですのっ」

「左様でございますか。用件をお伺いいたします」

「さらっと流しましたわね! もう!」


 顔も無いのにぷんすこと、表情豊かに貴女は怒りをあらわにする。
 が、男にとってはとてもどうでもよく。慇懃無礼な返事を出して、再度用件を尋ねる。

「ま。良いですわ。私の用件はですわね」

「こちらお飲み物になります~」

「あっ、ありがとうございます~」

「それではごゆっくりどうぞ~」

「は~い……じゃなくて! ですわね!」



 用件の最中に差し込まれる、よく冷えたペットボトルのお茶。
 着てもいないのにメイド服の裾をつかむようなしぐさを見せて、女生徒はその場から離れようとする。

 その前に。
 貴女は、彼女を引き留めようと。その腕を掴もうとして──ひょいと躱され。

「……」

「……」



 掴む。躱す。
 掴む躱す。掴む躱す掴む躱す……。

 犬に振り回されるように、猫にもてあそばれるように。
 それでも女生徒はすんとして……否、よく見ればかすかに、得意げになっていて。貴女はまたかっかと怒り。

「コントか! ですわ!」



 しびれを切らしたらしい彼女は、改まって男に向き直る。

「かっこよく言いたかったけど、もう本題を言いますわ!」

「はよ言えて」

「言いますわよ!」



 姿勢を正す貴女。凛とした顔。
 胸に右手を当て、左手で彼女を指し。宣言する。

「──この子。うちで飼わせていただきたいんですの」

「えっやだ」

「無理です」

「そんな!」



 無下にされる。

「もう少しこう悩むとか……! やんわりと! 手心を!」

「はあ。こちらもこれを売りたいのはやまやまなんですが、現在彼女は某所との取引により、アザーサイドコロニストの交易部にて籍を預かっておりまして。そしてそれは一年間預かってから返却するという指定期限付きの契約なのでございます」

「期限付き移籍中だから三者間で合意して解除して移籍元との交渉と合意をしないと売れないみたいな話ですわね」

「左様ですお詳しいですねお嬢様」



 明朗な噛み砕きとは裏腹に、悩ましそうな素振りとうんうんと唸る声。
 しかし。場の空気に飲まれ忘れていたことを思い出したらしく、貴女はぱっと面を上げて手を叩く。

「そうでしたわ! とりあえず交渉材料はありますのよ! 話はそれからでもよくなくて?!」

「……いいか?」

「ん。うちは別によかよ。こん人おもろいし。怪奇だけど」

「ふふん、まずはとっかかり成功ですわね! それでは……お入りなさい!」



 ようやく話が軌道に乗りそうになり、貴女は喜び勇み。
 出入り口に向かって、誰かへ入るように指示を出す。

 ……指示は、出した。

 しかし、誰も現れはせず。女生徒が代わりに、扉を開いてみると。
 そこには、壁にもたれかかって俯く、白衣の男が居た。

「……」



 彼の顔を覗き見てみれば……女生徒は納得したように頷いて、告げる。

「寝てる」

「寝るな──!」