RECORD
Eno.113 松林武の記録

暗い部屋の中で、デスクトップPCの明かりだけがチラチラと光る。
カーテンの隙間から洩れる朝日に朝の気配を感じ、
怠い体を知覚しながら、目を閉じ直す。
部屋に戻った後、何もしないでそのままベッドに潜り込んだのだったなと、
まだ朦朧とする頭で考えては意識を落とそう、と。
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胸元に爪を立てて来るような、自分の声。
内側から冷たい鉛を押し付けてくるそれに、意識がふ、と引きずり出される。
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自分の掌を見る。何の変哲もない掌であるけれど、
裏世界であれば何かが使えることは、知っている。分かっている。
──だけど。
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頭痛がずっと引かない。吐き気もして、意味も無く身を擦りたいような感覚がある。
血の味はしない。腹に響く鈍痛も無い。ぬらつく液体は流れていなくて、
けれど意識は朦朧としてる。視界がぼやけて、頭の芯が濁っている。
静かな混乱を自覚しながら、過去の記憶が滲み出す。
……いじめに遭ってたのは中学1年生の時だ。
あまり深く考えずに通うことになった中学校の治安は悪くて、
同級生たちより早く背が伸びた俺は──
“ガン飛ばしてきた”なんていわれの無い理由で中3の奴らに喧嘩を売られる事が多かった。
必要以上の大人数が、囲って俺を見下ろして来る。
負け犬を嘲笑うみたいな目をはっきりと覚えている。
はじめは、そんな理由で手を出してくるのが癪だったから、
殴り返そうとした事だって何度かあった。
けれど体格差と、暴力に慣れた手つきの差は歴然で、
結局、地面に転がるのはいつも俺だった。
先生や親に何か言う、のは、無駄だと思った。
下手に言ったら彼奴らを刺激すると思っていたし、
注意された程度で大人しくなる奴らとも、思えない。
気付けば学校は休みがちになっていた。
痛みのせいで動けずに居た朝も多く、
そうでなくても、布団を出る事が酷くしんどかった。
休めば休んだだけ、登校した日はより執拗に取り囲まれて、
気付いた時には、ドアノブに手を伸ばす事すら恐怖だった。
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心に爪を立てていくそいつが、静かに囁く。
目を閉じて、耳を塞いでも、声は消えてくれない。
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爪を食い込ませて、俺が本心に気付くのを待っている。
皮膚の内側を歩き回るような言葉が、脳を締め付けてくる。
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破滅的な囁きが、底冷えするような静けさで滑り込んでくる。
露悪的なそれを見なかった事にする。
忘れていたパスワードを思い出している。
這うように手を伸ばして、今日もまた、聖書を手に取った。
……大丈夫だ、忘れていない。
弱い時こそ強いのだと。
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暗い部屋の中で、デスクトップPCの明かりだけがチラチラと光る。
カーテンの隙間から洩れる朝日に朝の気配を感じ、
怠い体を知覚しながら、目を閉じ直す。
部屋に戻った後、何もしないでそのままベッドに潜り込んだのだったなと、
まだ朦朧とする頭で考えては意識を落とそう、と。
────情けないやつだな。
胸元に爪を立てて来るような、自分の声。
内側から冷たい鉛を押し付けてくるそれに、意識がふ、と引きずり出される。
────戦い方を知ったのに戦えないのか。
自分の掌を見る。何の変哲もない掌であるけれど、
裏世界であれば何かが使えることは、知っている。分かっている。
──だけど。
────お前は結局何も変わっていない。
頭痛がずっと引かない。吐き気もして、意味も無く身を擦りたいような感覚がある。
血の味はしない。腹に響く鈍痛も無い。ぬらつく液体は流れていなくて、
けれど意識は朦朧としてる。視界がぼやけて、頭の芯が濁っている。
静かな混乱を自覚しながら、過去の記憶が滲み出す。
……いじめに遭ってたのは中学1年生の時だ。
あまり深く考えずに通うことになった中学校の治安は悪くて、
同級生たちより早く背が伸びた俺は──
“ガン飛ばしてきた”なんていわれの無い理由で中3の奴らに喧嘩を売られる事が多かった。
必要以上の大人数が、囲って俺を見下ろして来る。
負け犬を嘲笑うみたいな目をはっきりと覚えている。
はじめは、そんな理由で手を出してくるのが癪だったから、
殴り返そうとした事だって何度かあった。
けれど体格差と、暴力に慣れた手つきの差は歴然で、
結局、地面に転がるのはいつも俺だった。
先生や親に何か言う、のは、無駄だと思った。
下手に言ったら彼奴らを刺激すると思っていたし、
注意された程度で大人しくなる奴らとも、思えない。
気付けば学校は休みがちになっていた。
痛みのせいで動けずに居た朝も多く、
そうでなくても、布団を出る事が酷くしんどかった。
休めば休んだだけ、登校した日はより執拗に取り囲まれて、
気付いた時には、ドアノブに手を伸ばす事すら恐怖だった。
───誰のことも信じていいものか
心に爪を立てていくそいつが、静かに囁く。
目を閉じて、耳を塞いでも、声は消えてくれない。
───誰かに目を向けている場合では無いだろ
爪を食い込ませて、俺が本心に気付くのを待っている。
皮膚の内側を歩き回るような言葉が、脳を締め付けてくる。
───█████ちまえば
破滅的な囁きが、底冷えするような静けさで滑り込んでくる。
露悪的なそれを見なかった事にする。
忘れていたパスワードを思い出している。
這うように手を伸ばして、今日もまた、聖書を手に取った。
……大丈夫だ、忘れていない。
弱い時こそ強いのだと。