RECORD

Eno.255 川原の記録

川原篤紀は死なねばならない

 川原篤紀アツノリは死なねばならない。
 それは怪奇のいち個体としてではなく、これまでの川原智幸トモユキや川原正成マサナリや川原博彰ヒロアキのように、ということだ。

 私は老いることができない。
 というより、老化と同等に変化させたうえで同じ人間に見えるように化けられない。
 二度と同じ顔になれない――ということはないが、形成した顔が老化した先を想像できないのだろう。
 人間が老いていくまでの時間を共に過ごしたことはないというのもある。


 最初は不注意によるものだった。
 私があまり年を取って見えない旨をよく顔を合わせる相手に言われ、老いることを試してみようとして失敗した。
 それがどうあっても戻せそうになかったから、定宿を離れ逃げ出した。
 人間の真似事をし始めておおよそ十年経った頃だった。

 ひとまず河岸を変えた次は予定を立てていた。
 立てていたのだが、作業中の事故を防ぐことはできなかった。
 尋常な人間なら確実に死んでいる状況で死んでいないまま這い出すことは難しく、息を潜めて死んだことにした。

 事故であれば探られにくいとわかったが、意図して事故を起こす理由も特になかった。
 直近では単に身分証などを残して消えてみたが、自殺と思われたのか捜索はされなかった。

 川原篤紀は自損事故で死ぬ予定だった。
 送迎を終えて空になった車でなら勤務先にとっても損害が少ないだろうと考えたためだ。
 前回と同様十年勤めたのちと考えていたが、予定が変わってしまった。

 そもそもの置かれた環境が変われば名乗りから十年でなくてよいと気付いたのは数年前のことで、川原篤紀になってから十年が過ぎた直後だった。
 それからも何事もなく仕事を続けている。
 当たり前のように来年の話がされ、再来年の話がされ、未来の予定がうず高く積み上げられている。
 もうとっくに写真にすらまともに映るようになってしまった。
 北摩テクノポリスがこのような環境でなければ、私は裏世界へ移動できるということすら忘れていた。

 川原篤紀は、今から数年のうちに死なねばならない。
 それまでにより損害の少ない事故死の手段を探すか、ただ表世界へ戻らなくなるかを決めておくべきだ。