RECORD

Eno.194 観音寺 悟々の記録

04:懸念/おせっかい

 敵性怪奇は本当に倒してしまっていいのか。
 人型の敵は人間なのか、そうでないのか。
 敵性怪奇に知性はあるのか。
 そこに命はあるのか。
 奴らは死ぬと、どうなるのか。

 最後のひとつを除いては、俺はもうそれらについて答えを出して納得した。(してしまったと言ってもいいのかもしれない)
 倒した怪奇がどうなるのかは、まだまだ気になるところではあるが。
 ともあれ俺はそれらについて、ある程度の折り合いをつけている。

 ……これが比較的レアなケースであることを、俺は自覚している。

 だから、口にはしない。
 この疑問が誰かの口から出てきた時、このところ俺は努めて意見を秘す。
 俺の乱暴で露悪的な世界解釈を叩き付けてしまうのは、酷く不躾で無遠慮な行為であるように思えた。

 殺した相手が獣であれ、妖精であれ、とうふであれ、人であれ。
 そこにどれほどの違いがあるのだろうか?

 ……もちろん、人はなるべく殺すべきではないし。
 裏で見かけた酔っ払いやチンピラは、殺さず無力化を心掛けてはいるが。
 もしもこの拳が、奴らの命を奪ってしまったとて。
 俺はそれを未必の故意として、受け入れられるのだろう。

 殺した相手が獣であれ、妖精であれ、とうふであれ、人であれ。
 そこにどれほどの違いがあるのだろうか。

 虫を殺す。
 肉を食べる。
 野菜を食べる。
 害獣を退治する。
 怪奇を退治する。
 人を殺す。
 そのどれもに、本質的な部分では、大した違いは無いだろうから。
 俺は人を殺すつもりで、奴らと戦っている――――この露悪的な解釈でなお、俺はおよそ平常心でいる。

 獣であれ、妖精であれ、とうふであれ、人であれ。
 そこにどれほどの違いがあるのだろうか。
 人とて獣に過ぎないのに、人ばかりがそれを罪深く思うのも不自然だろう?

 その言葉を俺は、飲み込んでいる。
 不自然を受け入れ、前を向きながら。