RECORD

Eno.329 九条 陶椛の記録

Dear sistar.

「とーかはさー、どうしたいの?
 お姉ちゃんに話してみなよー」






学校の帰り道。
予定のない休日。
晴れた日。雨の日。暑い日。
曇りの日。風の日。寒い日。
歩いて、歩いて、辿って、探して。
走って、走って、叫んで、泣いて。

ここはいつか来た道。
ここはあのときに来た場所。
ここはいつかふたりで見た景色。

隣を見上げてみてもそこにはいない。
尋ねてみても、だれも知らない。
だれも見かけてなどいない。


いない。


賑やかな繁華街の雑踏をひとり
すり抜けるように歩いていく。

つるんで騒ぐグループを避けて進む。
店先の威勢のよい呼び声も
どこかで聞いたリズミカルな電子音も
楽しげに浮かれる人々の声も熱も
すべてどこか上滑りしていく。

風景としてはたいして変わっていない。
いっしょに遊んだりしたあのころのまま
なにごともなかったように。


いない。


横丁をなんでもないように歩き、眺め
路地裏の猫たちに挨拶をする。

視界の端に映った、似た背格好の人影を
追いかけて縋って勝手に落胆して
気の毒にとあわれむ顔で見られ。

オレンジ色に染まる公園でひとり
ブランコをこいでため息一つ。


いない。



いないの。





どこにも、いないの。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




九条くじょう 伊織いおり

陶椛の5つ年上の姉。
束都京帝大学1年生(当時)

2年前の夏に失踪。
現在も見つかってはいない。


警察の懸命な捜索も成果は無し。
探偵に依頼もしたがこちらも
有力な情報は掴めず。


お父さんもお母さんも毎日必死に
探し回っていたけれど
いつしか普通の生活に戻り
定時連絡の報告書を見てため息をつくだけ。

(まぁ、生活があるもんね。
 私もいるし…それは、わかるよ)

だから、私が探している。
危ないから止めるようにと
言われたりもしたけれど
今はもう黙認してくれている。

気の済むようにしてくれているだけで
べつに期待はしていないのだろう
子供が探し回った程度で見つかるなら
警察も探偵も仕事にならない。


お姉がいなくなるすこし前

大好きな先輩に告白したけど玉砕して
死ぬほどしんどいと
私にだけは話してくれた。

高校の頃から好きな先輩で、慕って
大学まで追いかけておなじサークルに
入って、そして。

優しそうなおっとりした感じの人だった。
優しくされて、勘違いしてしまったのだろうか
私には、わからない。
私はまだ、恋というものをしていないから。

これはだれにも話していない。
秘密ね。と言われたから。
私とお姉ちゃんだけの秘密。

破ったら、帰ってこない気がして。


大学ではその後すぐに夏休みに入ったこともあり
なんとなく忘れられていったらしい。
そんな人もいたね、と。


(忘れないでよ。
 私のお姉ちゃんなんだぞ)


……私は、忘れないから。


現在までの最後の目撃情報は
真夜中に列車に乗っていったというものだ。

ただ、酔っ払いの証言なので信憑性は低い。
どこからか下りてきた列車に乗って
どこかへと消えたなどと言われても。
しかも線路など近くにはない場所で。


けれど、今となっては考えを改めている。

それはアルコールによる幻覚や虚言など
ではなく怪奇によるものなのではないかと。

怪奇による人攫い。
列車の姿をした怪奇。
あるいは神秘。

その前例は過去にいくつかあり
記録にも残っている。

扉とは境界であり
箱とは結界であり
列車はそれらの集合体であり
動力機関にて駆動し
無数の人々を乗せて運ぶ
此岸と彼岸を繋ぐものである


手がかりが、掴めたのかもしれない。

もしかして、とは思っていた。
裏世界の存在を知ったときに思ったのだ。
姉はこの裏世界へと迷い込んでしまった
のではないか?と

それならいくら探しても
見つからないし帰ってこないはずだ。

あんな、わけのわからない
怖い世界で、ずっと

………

……




いつか帰ってくるのをまっているたぶんこのままなのかな

きっと無事だと信じているどこかもう あきらめてしまっている

2年。

ずっと、まっていた。

それがそんな長い間
あんなとこで。
無事なわけがない。

だから。

無事でいてほしい。

もっと 

もっと早く知りたかった。

いつか見た景色がぼやけて、かすれて
すこしずつ、思い出せなくなっている。

嬉しかったことも。
ケンカしたことも。
悲しかったことも。
楽しかったことも。

どうしてかな。

だいじなことなのに。

こわい。

忘れてしまうのが、怖い。

もしも私が忘れてしまったら

もしも…



……

………





(────あのね、お姉)


私は。

私の願いは。



「お姉ちゃんに、もう一度会いたい」




⦅ ふン。うつけが。
 誰ぞに奪われたのなら
 とっとと奪い返せばよかろう。
 つまらんことをぐだぐだと
 これだからおぼこは⦆


うるさいな。

……でもまぁ、そっか。
そうだね。

取り返しに、行くよ。
だから。待ってて、お姉。