RECORD

Eno.477 三咲 湊の記録

神秘を記録する

「カメラ返してくださいよ~!」



 ――2025年5月21日、神秘管理局・裏北摩駐屯地。三咲湊は裏世界に到着してからというもの、ひとしきりはしゃぎまわって歓喜していた。しかし、今は一転して困り顔で一人の局員につきまとっているのだった。

「1時間ほどお待ち下さい、って何度も言ってるでしょうに」



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 三咲湊は神秘と縁遠い男だった。幼少期に一度目にしたことはあったが、明確に神秘という存在に触れたのは人生でそれだけ。大学生となった今ではもはやその記憶すら朧げだ。

「まぁ、ありえなくはないのかな? 子供は神秘と出会いやすいと聞きますからね。あくまで噂程度の話ですが」



 駐屯地屋内の休憩スペースのベンチにはふたりの人影があった。ミナトの隣に座る人物がそう言うと、持っていた缶コーヒーを揺らす。神秘管理局局員だ。背が低く声も高く、ふわふわの白髪が特徴的な男女ともつかない中性的な彼――便宜上、ここでは“彼”と呼ぶことにする。――は、カメラを取り上げられ喚くミナトの相手を任されていた。つまり、休憩時間中に面倒を押し付けられている哀れな局員だった。

「本当ですって。女の姿をしていたことは覚えてるんです。目があって、そのままどこかに行っちゃったんですけど」


「でも、良かったですね。それが事実なら危ないところでしたよ。女性型の怪奇というのは、子供を攫ったりしますからね」


「そうしたら、僕も今頃裏世界の住民に…!?」


「取って食べられて終わりじゃないですか?」



 局員が缶コーヒーを一口飲むと、窓の外を見た。ミナトも釣られて窓に視線を向ける。空は夕日で赤く染まっている。

「あのときの怪奇も、この裏世界のどこかにいるのかな」


「探しになんて行かないでくださいね。冗談じゃ済まないんですから」



 局員がミナトのコートをぐいと引っ張った。夕日に魅入られていたミナトの瞳が局員の方へと戻ってくる。

「ほら、そろそろ時間ですよ」



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「…ねぇ、このカメラになにか細工したでしょ」



 ミナトは怪訝な顔で、ご自慢の一眼レフカメラを睨んでいた。ようやく帰ってきた愛機だが、様子がおかしい。

「僕がルポライターだからって、裏世界の写真を撮れないように細工したんじゃ……!?」


「ですからね、神秘管理局がわざわざ1時間かけてそんなことするわけないでしょう。そもそも、神秘の比率が高いものは通常のカメラでは撮影できませんよ」



 先ほどとは別の、カメラを返してきたメガネをかけた局員が言った。

「あなたの情報は束大から聞いています。普段の行いや素性なんかもね」


「変態」


「ですからね、あなたのとっさにカメラを構えるクセというのも聞いていたワケです」



 ミナトの言葉を表情も変えず聞き流し、局員は話し続ける。

「あなたはこの裏世界において何の武器も持たない。それではまずいだろうと考えた我々は、まずそのカメラに着目したわけです。ある程度は自分の身は自分で守っていただく必要がありますからね」


「カメラのデータ見ました?」


「見てないです。ですから、ほら、ここを押して…このモードに切り替えた状態で神秘や怪奇を撮影すると……」



パシャリ。

「ぎゃっ!」


「あっ」



 そばにいた、ふわふわの局員が短い悲鳴を上げた。しっぽが飛び出す。操作を行い、カメラのシャッターを押した本人であるミナトは少し考えたあと――

「へぇ、僕は怪奇と喋ってたんだ。こりゃすごいや。へぇ…へぇ~…」


「げぇ~…」


「あ~、ですから、これはあくまで敵対的な怪奇へダメージを与えるものですね。防衛手段として使用していただくということです。もちろん、あなたは特別民間協力者ですからね、神秘を撮影したい場合はこっちの通常の撮影モードを使ってですね……」


「んもう、僕に謝罪はないわけ!?」



 しっぽを出したふわふわの職員が怒り出す。

「ごめんごめん。お詫びにしっぽもふもふしてあげるから」


「謝罪になってなーい!」



 怒る姿がかわいらしいと、通常の撮影でまたパシャリ。写真にはふわふわのしっぽが写っている。笑うミナトの肩に、メガネ局員の手が乗る。

「このように、このカメラなら通常の撮影モードで神秘を映すこともできます。我々も神秘の分析を行い、記録を残し、調査を行っていく必要がありますからね。その中の撮影記録の部分を、あなたにも担当してもらいたい。でも――」



 肩に乗せられた手に力が入る。

「間違っても、表世界への情報漏洩はしないでくださいね。あなたの探究心も理解したうえで、当局は協力関係であろうとしているわけですからね。そのことを肝に命じておいてくださいね、三咲湊さん」


「……うっす」


「そうだそうだ、神秘管理局を敵に回すと怖いんだぞ!」



ふわふわの局員がしっぽをさすりながら言った。

「わかったわかった。わかりましたってば」



 子どものように騒ぐ局員をなだめながら、ミナトは先程撮影したカメラの記録に目をやる。白く輝く、人の世のものではない存在しっぽがそこには映っていた。

 ――それからしばらく、ミナトはふたりの局員に神秘に関する情報の漏洩がいかに危険なことかをコンコンと解説されたという。