RECORD
Eno.846 無々色 七葉の記録
回想:神秘に触れた日
シャク、シャク……と、グラウンドの砂を踏みしめる小さな小さな足音が一つ。
他の音は何にもなく、鳥も虫もきっとこの辺りには居ないのだろう。
「少し、恥ずかしいな……。」
誰に聞かせるでもなく言葉が漏れ、誰に見せるわけでもなくはにかんだ。
自分の足音が周囲に響くのはどうにもはしたなく感じしまうのだ。
そんな私の名前は無々色 七葉
国際貴女学院高等部一年の、『普通』の……あえて付け加えるならちょっといいとこのお嬢様だ。
こんな草木も眠る丑三つ時にバットを担いで出歩いてる事を、『普通じゃない』 と思う人も居るかもしれないけれど、私はそうは思わない。
だって、こんなのは結局日常から半歩ずれれば誰にだって真似できるつまらない特徴だもの。
閑話休題。
私は今、裏世界に通じる窓があると噂の廃校に来ている。
「午前三時に3-Cの廊下側で左側の窓から勢い良く教室に入ると裏世界に行ける、か……。」
そんなありふれたオカルト話、それが私のお目当てだった。
声に出す事で確認を……嘘。
ほんとは怯えて足が止まらないように、言葉で私の世界を作りたかっただけだ。
「怖いなぁ。 ほんとに裏世界に行っちゃったらどうしよう。 ………ふふっ♪」
私は別に今の世界に未練が無いわけじゃない。
パパもママも大好きだし、友達だって……一応、少しぐらいは、居ないわけではない。
裏世界に行って、帰ってくる。 それが私の理性的な部分が求めている最善だ。
けれど行って帰ってこれる保証もないわけで、それが怖くないはずもない。
ただ、それ以上に『普通じゃない』何かに触れたいだけなのだ。
「……噂になってるぐらいだし、誰かいないかなって思ったんだけどなぁ。」
結局、誰とも会えずに入口に辿り着いてしまった。 一人は怖いけど、仕方ない。
ゴクリと、唾を飲む音すらやけにうるさく感じる。
………
………………
………………………
「よしっ、しゅっぱつしんこー♪」
じぃっと入り口を見つめて大体10秒。 大丈夫、もう怖くない。
心はふわりと軽くなり、バットを握りしめていた手も程よく緩んで良い感じ。
心の立ち直りが早いのは私のそう多くない取り柄の一つなのだ。
ギィ、ギィ……と、古くなった廊下の床板が耳障りな音を立てる。
相変わらず他の音はなく、今ははしたなさよりも怖さを感じていた。
それでもあゆみは止めず、奥へ、奥へ……階段を上り、また上り、確実に進んでいく。
怖いせいか、或いは別の理由か、息苦しくて少し気持ち悪い。
口を開くのも億劫で、何もしゃべる気にはなれなかった。
「3-C、廊下側の、左側の窓。 ……ここ、だよね。」
ついに辿り着いた目当ての教室。 目の前には閉じた窓。
……そういえば、鍵とか掛かってないのかな? なんて、
そんな懸念はすんなり開いた窓がたやすく打ち消してくれた。 けれど……。
「ぅ……。」
臭い。
何の臭いかはわからないけれど、開け放った窓の先から漂う臭いに思わず後退りしてしまった。
同時に、頭が、目が、口が、手が、足が、『近づくな』と警鐘を鳴らす。
吐き気を催す頭痛、浮かぶ涙、カタカタと鳴る歯、震える手足。
………
………………
………………………
「………私、霊感とか無いって思ってたんだけどなぁ。 もしかして大当たり?」
今度は大体20秒。 平常心を取り戻し、行く手を阻むのは相変わらず感じる臭いだけ。
軽口をたたく余裕まで出てきた私は、進むために後退る。
バットを両手でしっかり握り、目標となる窓枠をじっと見て……
「…………ッ!!!」
駆け出し、跳んだ。
恐れることなく跳んだのが良かったのか、何の問題もなく教室に
………否、裏世界に飛び込んだ。
瞬間、世界が赤く染まる。
加えてさっきまでの何十倍もの臭気が鼻を襲い、吐き気を催した。
背後ではガシャンガシャンと金属質の音が鳴り響き、かと思えば周囲は静まり返っていた。
目の前には……なんだろう? よくわからない、けれどどう考えても良くないものが居る。
細かく動いて何かしているようにも見えるけれど、それに付随する音は何もなかった。
それはそれとしてひどく気持ち悪い。
倒れちゃいけない気がして立っているけれど、きっともうすぐ限界だ。
「 」
おぇ……と、ついに嘔吐してしまった。 ……はずだけど、それでも無音だった。
吐き出したものは……多分大量の血。 あ、だめだこれ。
多分体の中はひどいことになっていて、きっと耳も早々にダメになっちゃったんだと思う。
死にたくない。
泣きそうに……ううん、きっと泣きながらそんな事を思っていた。
けれど、もう助からない事も理解していた。 好奇心は猫を殺すとはこの事だろう。
………
………………
………………………
でも、このまま何もしないというのも癪だ。
どうせ死ぬのなら、今この瞬間だけでも『普通』から逸脱してやろう。
目の前の、きっと抵抗されるだなんて夢にも思ってない謎の生き物に一矢報いてやろう。
どうか覚えていてね、死にかけながら攻撃してきた『普通』の『普通じゃない』女の子が居たことを。
―――感覚の殆どない腕を振り上げ、多分……バットをあいつに向けて放り投げた―――
他の音は何にもなく、鳥も虫もきっとこの辺りには居ないのだろう。
「少し、恥ずかしいな……。」
誰に聞かせるでもなく言葉が漏れ、誰に見せるわけでもなくはにかんだ。
自分の足音が周囲に響くのはどうにもはしたなく感じしまうのだ。
そんな私の名前は無々色 七葉
国際貴女学院高等部一年の、『普通』の……あえて付け加えるならちょっといいとこのお嬢様だ。
こんな草木も眠る丑三つ時にバットを担いで出歩いてる事を、『普通じゃない』 と思う人も居るかもしれないけれど、私はそうは思わない。
だって、こんなのは結局日常から半歩ずれれば誰にだって真似できるつまらない特徴だもの。
閑話休題。
私は今、裏世界に通じる窓があると噂の廃校に来ている。
「午前三時に3-Cの廊下側で左側の窓から勢い良く教室に入ると裏世界に行ける、か……。」
そんなありふれたオカルト話、それが私のお目当てだった。
声に出す事で確認を……嘘。
ほんとは怯えて足が止まらないように、言葉で私の世界を作りたかっただけだ。
「怖いなぁ。 ほんとに裏世界に行っちゃったらどうしよう。 ………ふふっ♪」
私は別に今の世界に未練が無いわけじゃない。
パパもママも大好きだし、友達だって……一応、少しぐらいは、居ないわけではない。
裏世界に行って、帰ってくる。 それが私の理性的な部分が求めている最善だ。
けれど行って帰ってこれる保証もないわけで、それが怖くないはずもない。
ただ、それ以上に『普通じゃない』何かに触れたいだけなのだ。
「……噂になってるぐらいだし、誰かいないかなって思ったんだけどなぁ。」
結局、誰とも会えずに入口に辿り着いてしまった。 一人は怖いけど、仕方ない。
ゴクリと、唾を飲む音すらやけにうるさく感じる。
………
………………
………………………
「よしっ、しゅっぱつしんこー♪」
じぃっと入り口を見つめて大体10秒。 大丈夫、もう怖くない。
心はふわりと軽くなり、バットを握りしめていた手も程よく緩んで良い感じ。
心の立ち直りが早いのは私のそう多くない取り柄の一つなのだ。
ギィ、ギィ……と、古くなった廊下の床板が耳障りな音を立てる。
相変わらず他の音はなく、今ははしたなさよりも怖さを感じていた。
それでもあゆみは止めず、奥へ、奥へ……階段を上り、また上り、確実に進んでいく。
怖いせいか、或いは別の理由か、息苦しくて少し気持ち悪い。
口を開くのも億劫で、何もしゃべる気にはなれなかった。
「3-C、廊下側の、左側の窓。 ……ここ、だよね。」
ついに辿り着いた目当ての教室。 目の前には閉じた窓。
……そういえば、鍵とか掛かってないのかな? なんて、
そんな懸念はすんなり開いた窓がたやすく打ち消してくれた。 けれど……。
「ぅ……。」
臭い。
何の臭いかはわからないけれど、開け放った窓の先から漂う臭いに思わず後退りしてしまった。
同時に、頭が、目が、口が、手が、足が、『近づくな』と警鐘を鳴らす。
吐き気を催す頭痛、浮かぶ涙、カタカタと鳴る歯、震える手足。
………
………………
………………………
「………私、霊感とか無いって思ってたんだけどなぁ。 もしかして大当たり?」
今度は大体20秒。 平常心を取り戻し、行く手を阻むのは相変わらず感じる臭いだけ。
軽口をたたく余裕まで出てきた私は、進むために後退る。
バットを両手でしっかり握り、目標となる窓枠をじっと見て……
「…………ッ!!!」
駆け出し、跳んだ。
恐れることなく跳んだのが良かったのか、何の問題もなく教室に
………否、裏世界に飛び込んだ。
瞬間、世界が赤く染まる。
加えてさっきまでの何十倍もの臭気が鼻を襲い、吐き気を催した。
背後ではガシャンガシャンと金属質の音が鳴り響き、かと思えば周囲は静まり返っていた。
目の前には……なんだろう? よくわからない、けれどどう考えても良くないものが居る。
細かく動いて何かしているようにも見えるけれど、それに付随する音は何もなかった。
それはそれとしてひどく気持ち悪い。
倒れちゃいけない気がして立っているけれど、きっともうすぐ限界だ。
「 」
おぇ……と、ついに嘔吐してしまった。 ……はずだけど、それでも無音だった。
吐き出したものは……多分大量の血。 あ、だめだこれ。
多分体の中はひどいことになっていて、きっと耳も早々にダメになっちゃったんだと思う。
死にたくない。
泣きそうに……ううん、きっと泣きながらそんな事を思っていた。
けれど、もう助からない事も理解していた。 好奇心は猫を殺すとはこの事だろう。
………
………………
………………………
でも、このまま何もしないというのも癪だ。
どうせ死ぬのなら、今この瞬間だけでも『普通』から逸脱してやろう。
目の前の、きっと抵抗されるだなんて夢にも思ってない謎の生き物に一矢報いてやろう。
どうか覚えていてね、死にかけながら攻撃してきた『普通』の『普通じゃない』女の子が居たことを。
―――感覚の殆どない腕を振り上げ、多分……バットをあいつに向けて放り投げた―――