RECORD
Eno.115 古埜岸姉弟の記録
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もし呪いがあるとすれば、
幼い頃、八千代から無邪気に放たれ続けた言葉に他ならない。
両腕が無いことで『不自由』とされることが気に入らなかった。
母さんも親父も私を気づかい、何かと身の回りのことを手伝おうとしたが
ふと弟を見るとそれらを何気なくこなしている。
両側から伸びてくる煩わしい手を、私は蹴った。
八千代は纏わり付いてくるわりに、
私がどれだけ苦戦しようと知らん顔している奴だった。
それでたまに窘められていたりしたが、
余計なお世話というか、そもそもそれで変わるような奴ではなかった。
お互い口にはしなかったが、張り合ってたんだろう。
八千代が唯一横槍を入れてきたのは、
初めて裏世界に迷い込んだ時。
小学校低学年の頃はまだ神秘のことも、親父が怪奇だとも知らなかった。
毎日ふらりと出かけていく親父の職場を突き止めてやろうと息巻いていた。
冒険と聞けば八千代も付き纏ってきたが、「怒られそう」と若干消極的だった。
八千代が臆病風に吹かれるということは、私が出し抜くチャンスだった。
親父の尾行。
なぜか途中でいなくなる親父。
それを何日か繰り返した後、
親父の消える小道に秘密があるに違いないとくまなく調べた。
腹が減るのも忘れて
道の汚れを数えていたら
影法師が随分と長くなっていた。
日が沈んで、月の昇らない、随分長い夕方。
周りが知らない店ばかりになって
通る人々も仮装パーティのようだった。
きっと祭なのだと面白くなって、八千代と一緒に駆けた。
遠巻きにぶらさがっていたのは、手脚が無数に生えた、やたら細長い人。
てんちゅうだ、と人々は時代劇みたいなフレーズを叫んで慌ただしくなった。
さっきまでけらけらと笑っていた八千代の顔が青ざめて見えた。
何びびってやんのと構わず進もうとして
私は八千代の横槍をくらった。
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八千代ってあんな力強かったか? ってぐらい引っ張られた。
小さいくせに逃げ足が速い。
それが癪で、もっと走る練習をしようと思った。
結果的に、八千代の横槍は正しかった。
テン虫というのは人ではない、怪奇。
さほど強いわけではないらしいが、子供が相手できるものではないし、
何より、イキって殺しでもしたら、今度は自分が新たなテン虫に変化してしまうらしい。
あれがそんな恐ろしいもんだと
火がついたみたいに叱ってきたのが
親父そっくりのカラクリのようなバケモンだったから
私も八千代も大泣きだった。
あれ以来、親父を追って裏世界に足を踏み入れることはなかったし
冒険への渇望は、徐々にスポーツというルールに縛られたものに繋ぎ止められていった。
繋ぎ止められることに疑問も抱かなくなった頃になってようやく
神秘に触れた者としての責務が課せられた。
それが、今の私ら。
















七尚の記録①
「できた!」
もし呪いがあるとすれば、
幼い頃、八千代から無邪気に放たれ続けた言葉に他ならない。
両腕が無いことで『不自由』とされることが気に入らなかった。
母さんも親父も私を気づかい、何かと身の回りのことを手伝おうとしたが
ふと弟を見るとそれらを何気なくこなしている。
両側から伸びてくる煩わしい手を、私は蹴った。
八千代は纏わり付いてくるわりに、
私がどれだけ苦戦しようと知らん顔している奴だった。
それでたまに窘められていたりしたが、
余計なお世話というか、そもそもそれで変わるような奴ではなかった。
お互い口にはしなかったが、張り合ってたんだろう。
八千代が唯一横槍を入れてきたのは、
初めて裏世界に迷い込んだ時。
小学校低学年の頃はまだ神秘のことも、親父が怪奇だとも知らなかった。
毎日ふらりと出かけていく親父の職場を突き止めてやろうと息巻いていた。
冒険と聞けば八千代も付き纏ってきたが、「怒られそう」と若干消極的だった。
八千代が臆病風に吹かれるということは、私が出し抜くチャンスだった。
親父の尾行。
なぜか途中でいなくなる親父。
それを何日か繰り返した後、
親父の消える小道に秘密があるに違いないとくまなく調べた。
腹が減るのも忘れて
道の汚れを数えていたら
影法師が随分と長くなっていた。
日が沈んで、月の昇らない、随分長い夕方。
周りが知らない店ばかりになって
通る人々も仮装パーティのようだった。
きっと祭なのだと面白くなって、八千代と一緒に駆けた。
遠巻きにぶらさがっていたのは、手脚が無数に生えた、やたら細長い人。
てんちゅうだ、と人々は時代劇みたいなフレーズを叫んで慌ただしくなった。
さっきまでけらけらと笑っていた八千代の顔が青ざめて見えた。
何びびってやんのと構わず進もうとして
私は八千代の横槍をくらった。
「あれはだめだ、七尚!」
八千代ってあんな力強かったか? ってぐらい引っ張られた。
小さいくせに逃げ足が速い。
それが癪で、もっと走る練習をしようと思った。
結果的に、八千代の横槍は正しかった。
テン虫というのは人ではない、怪奇。
さほど強いわけではないらしいが、子供が相手できるものではないし、
何より、イキって殺しでもしたら、今度は自分が新たなテン虫に変化してしまうらしい。
あれがそんな恐ろしいもんだと
火がついたみたいに叱ってきたのが
親父そっくりのカラクリのようなバケモンだったから
私も八千代も大泣きだった。
あれ以来、親父を追って裏世界に足を踏み入れることはなかったし
冒険への渇望は、徐々にスポーツというルールに縛られたものに繋ぎ止められていった。
繋ぎ止められることに疑問も抱かなくなった頃になってようやく
神秘に触れた者としての責務が課せられた。
それが、今の私ら。

「なあ七尚。螺千城にいろいろ面白そうな店があるらしいぜ」

「そりゃあるだろうが、どの店だよ。店まみれだろあそこ」

「薬の売人とか!」

「ダメだろ!」

「あれ、薬じゃなくて毒だったか?」

「どっちにしろダメだろ」

「だから面白そうなんじゃねえか。
考えてもみろよ。薬も毒も表世界でダメなんだから
裏世界では一周まわって善良かもしれねえぜ」

「んなバカな……」

「なんでえ興味ねえのか」

「いや行く。
お前が勝手に毒盛られようが知ったこっちゃないが
ドーピングなんてされた日にゃ摘み出さなきゃならんからな」

「ドーピング! その発想はなかったぜ!」

「何目ェ輝かせてんだ!」

「フフフ、リミッターを解除した俺を止められるかな七尚よ……」

「解除する前にしばくからな」

「えっへっへこえ〜な。
んじゃ準備できたらな」

「チッ……」

「ったく……
テン虫の時に見せたお前の危機察知能力はどこ行ったんだ」