RECORD

Eno.966 棚町ミヲの記録

7. 選んでやる!(前)

これまでの記録の続きだよ!
1. そう、マグカップの持ち手とか - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=602
2. 優しい言い回し + 直接言っちゃう優しさ - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=1192
3. はじめてのおつかい - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2335
4. 折り鶴を見せてくる子供みたいな顔 - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2461
5. 魔法使いたちの口論 https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2691
6. 雲を掴むような話 https://wdrb.work/otherside/record.php?id=3737

……
……………

「最近は怖いぐらい簡単になってきていて、これで済む……」



錠剤だった。


「夕食後に2錠。必ず水で飲む。グレープフルーツジュースとは飲み合わせが悪い。」

「夕食後?」

「ジョークだ。笑え。」

「……もう少しわかりやすかったら笑いますよ……。」


それから、ふたりは"記憶処理剤"についてもう少し話した。
どれぐらいの記憶が消えるのかとか、後遺症の危険性とか、
これがどれぐらい実績のある薬なのかとか、そういう話をした。

「で、飲まない、ということだが……。
 心境の変化を聞こうか。」



……。



ごと。少しだけ重いものを机に置く音。

「それは……」



ずっと開かなかった、ただのジャム瓶。

棚町ミヲは、その蓋を持って、ひねってみた。ぐ、ぐ、ぐ。

……ぐ ぁっぱ。
聞いたことがないほど年季が入った開封音を鳴らして、
ジャム瓶はあっけなく開いた。

「……いつから開けられるようになった?」

「今初めて開けました。
 できるようになったのがいつか、と言われれば……
 いつだろう。たぶん数日前?」

つまり、これ神秘も、私の一部であることを認めた日。
 どんなものでも開けられてしまう自分でもいいと思えた日……」

「私、神秘が自分の世界に存在することを、認めようと思うんです。」



「なるほど。もう少し詳しく話してみろ。」



「……この力が神秘だと教えられた時、『あぁ、やっぱり』って思いました。
 自分が抱えてきたものが、我慢してきたものが、異常なものとして名前が付いているのが嬉しかった……」

「やっとこれを自分から切り離せる機会が来るんだと思ったんです。
 これでスッキリ、全部普通の自分になれるんだってね。」


「でもね?ひょっとしたら、これも私なんじゃないかなって……最近、そう思うようになったんです。
 怪奇を倒して人を守るっていう"合法的"な力の使い道が見つかったから
 都合よくそう思う、ってだけが、理由じゃなくて……。」


「みんなが自分が抱えたものとか向き合う姿を見ているとき
 それも含めて、そのひとだなって思ったんです。」

「いえ、向き合う以外でもいい。受け入れたり、ふと忘れたり、使おうとしたり。
 とにかく真剣に抱え続けるなら、なんだっていいんだ。」


「私だけそれをやめちゃったら、
 形だけ普通な私になれても、本当の意味では人の気持ちがわからなくなる。」

「一緒にいたいひとと、同じ場所にいられなくなる。
 それは、いやだ。」

「だから、まだしばらくは、この力と一緒にいます。
 異常な力をどう抱えるか考え続けることが、本当の意味で普通である手段だと思う。」



ナレッジは、相槌も打たずに、じっと話を聞いていた。

少しの静寂があってから、値踏みするように話し始める。


「強い力を抱えることは、もう怖くないのか。」

「怖いですよ!けど、これは悪いだけのものじゃない。
 今の私に過ぎたる力だとしても、それに私が追いつくって選択肢もある。
 今まで否定してばっかりだったけど、自分の力を肯定する事も試してみたい。」


「お前はその力をどう使おうと思っている。」

「自分と、自分が守りたい人に居場所を作るため。
 もし必要ないなら、別に使わなくたっていいかもね。
 さっきも言ったけど、抱えることが大切だと思うから。」


「失敗するとは思わないのか?
 お前が道を違えたら、お前のそばにいる人間を傷つけるかもしれない。」

「勘違いかもしれないけど、最近思うんです……。
 私が今みんなに認めてもらえるのって、きっと、私が成功する事とは関係がないんだって。
 心配してくれる人がいて、その人と話せたなら大丈夫なんですよ。きっとね。」


「ではそれが成功したとして、お前がすることは何かを傷つけることだ。
 本当に、それに力を振るうことが、怖くないのか?」

「だから、怖いって言ってるじゃないですか……。
 それとも、自分の目的のために"怪奇"を倒す事をどう正当化するかって話?
 いや、あるいは、戦いに酔ってるんじゃないかって言いたいんですか?」

「いずれにしろ答えはこうです……今自分の世界を傷付けかねないものには、容赦しません。
 そして、それが正しいのか悩み続けます。
 もう少し正しそうな手段を見つけられれば、それに乗り換える。」


「つまり、理想も、現実も、それに悩む弱さも、全部捨てない。
 どれかひとつ選ぶんじゃなくて、全部いっぺんに選び・・・・・・・ます。」



「うん。うん……。」

「そうか。それが、お前が許容できる現実なのだな。」


「何にせよ私は安心した。
 神秘管理局の数少ない人材が、神秘のある世界を"普通"と認められないようでは困る。
 神秘管理局の数少ない人材が、神秘をあってはならない力だと思い込むようでは困るのだ。」


「よろしい。記憶の喪失処理は行わない。
 これで今日の面談の内容は終わりだ、が……」



コン。
ナレッジは部屋の隅に積んである段ボールから
甘いコーヒーのロング缶を取り出して、プルタブを倒す。「飲め」。
棚町ミヲの前に一本置いてから、自分ももう一本取り出して開ける。

(……ここ飲食できるんだ。)



「今日は楽しい気分だから、いらないおはなしもしよう。
 お前の言う"自分の世界"……私に言わせれば、"日常"の話だ。」



--- 後編へ続く ---
https://wdrb.work/otherside/record.php?id=3806