RECORD
7. 選んでやる!(後)
1. そう、マグカップの持ち手とか - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=602
2. 優しい言い回し + 直接言っちゃう優しさ - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=1192
3. はじめてのおつかい - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2335
4. 折り鶴を見せてくる子供みたいな顔 - https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2461
5. 魔法使いたちの口論 https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2691
6. 雲を掴むような話 https://wdrb.work/otherside/record.php?id=3737
7. 選んでやる!(前) https://wdrb.work/otherside/record.php?id=2691
……
……………
コン。
ナレッジは部屋の隅に積んである段ボールから
甘いコーヒーのロング缶を取り出して、プルタブを倒す。「飲め」。
棚町ミヲの前に一本置いてから、自分ももう一本取り出して開ける。
(……ここ飲食できるんだ。)
「今日は楽しい気分だから、いらないおはなしもしよう。
お前の言う"自分の世界"……私に言わせれば、"日常"の話だ。」
「……日常。」
「お前はずっと、自分の日常が壊れかねないと不安に思っていたな。
しかし日常の力は、お前が思うよりずっと、ずっと、遥かに強力だと。
今日お前に教えておきたい……」
ナレッジは初めて、棚町ミヲの前で少し姿勢を崩した。
「お前が生きていればこの先、不可逆で、致命的だと思えることに何度も出会うだろう。
それはすべて、培った日常が時間をかけて完全に希釈する。
お前が敵わないと思った全てが、日常に侵蝕されて、瓦解する。
「お前が日常を手放さない限り、日常はどこへもいかない。」
「本当に、ただ、自ら手放さないだけでいいのだ。
たったそれだけで守れてしまうのが日常なのだ。
……お前にはまだ、信じられないだろうか?」
「だから、自分が日常にいないことだけは認めるな。
何もかも変わっても、何もかも失っても、そこに日常があることを疑うな。」
「そうすることで……失ったものを、新しく得たもので埋めることができる?」
「違う。本当の意味では、何も失うことができないと気づくんだ。
私達は何かを失ったとき、喪失自体を得て、それを力にできる。」
「詳らかにせず、安易に扱わず、存在をけして疑わない。
こうして日常を信じれば、日常は全てを飲み込むだろう。
日常は、私達のもっとも強い武器だ。」
「忘れるな。日常だ。
お前には、必ず、日常がついてきている。」
「……。」
言われた内容は、半分もわからなかった。
けど、なぜ言われたかはある程度……いや、完全にわかる気がした。
(……この人……)
こいつ。
いつか私が挫折したときのために、保険をかけやがった。
(……こいっ、つ……!)
この言葉の意味がいつかわかるだろうと、
諦めた時に救いになるだろうと、
未来の私に言葉を送りやがった!
言ってやる。
「言う通り、私にその話は……まだ、信じられません。
それって、ひどく、本当にひどく楽観的な話だと思う。」
「私は、日常はきっかけもなく簡単に壊れたり、大きく変化するものだと思う。
その時私は、現状から抜け出して、新しい日常を自分の手で作れると思う。
何が日常で、何がそうでないのかは、自分の力で選べるものだと思う……。」
それが優しさだとしても、私は怒らないといけない。
それに感謝する日が来ないために、今日の私が怒らないといけない。
「今回の事だって、裏世界や神秘を含めて私の日常に"したい"って、私が選んだんです。
そこに、守ってみたいものと、ありたい場所を見つけたんです。
絶対に、"いつの間にか受け入れていた"なんて言ってやらない。」
何もかもしょうがないみたいに言いやがった。
上手に立ち回る、立ち向かわない方法を教えやがった。
そんなわけはない。
「日常が何もかも飲み込むから大丈夫?なんですかそれ。
本末転倒ですよ。私たちは日常で自分を守るために生きてるんじゃない。
日常を作り上げるために生きてるんじゃないですか。」
「あなたはそんなことも分からないぐらい、
日常に守られてしまったんですか?イライラする……。」
折れても傷つかない方法を教えやがった!
私に都合がいい現実があるって教えやがった!
いつか諦めたっていいみたいに言いやがった!
そんなわけはない!
「そんなわけ、ないでしょうが!」
「絶対に諦めたりしないッ!!強さを使って守ってやる!!
人間をやめたりもしない……弱さを抱えて迷ってやる!!」
「自分ができない事に苦しみ挑むのを繰り返してやる!!
自分にできる事をリストの上から片づけてやる!!」
「いくら前に進んでも、始めたときの不安を忘れてやるもんか、
いくら這いつくばっても、なんだってできるって気持ちを忘れてやるもんか!!」
「全部だ、全部選ぶ……自分に必要なものは、全部!!」
「私の日常を選ぶのは!」
「私の日常を選ぶのは!!」
「私の日常を選ぶのは!!!」
「常に、私だ!!」
……。
「それは、さっき聞いたよ。
さっき聞いて、見過ごしてやったんだ。
お前が許容できる現実を見つけたなら、その形はなんだってよかったから。」
「……だが。二回は見過ごせんな。」
「棚町。私はね。」
「できるかどうかわからないことを、
そんなに大きな声で言ってしまっていいのかなあ。って、思っているよ。」
「……もし、それができないって言ってしまったら。」
「自分が守れるものなんて何もないって、認めるのと同じじゃないですか?」
「……。」
「同じじゃあ、ないんですかッッ!!」
ナレッジは、その目にひるまなかった。
代わりに、じい、と少女を見下ろしている。
静寂は、5秒、いや6? ……6秒と、もうすこし。
「……今、お前が、そう言える事は…………少し、嬉しい。」
「お前は、私が思っていたよりずっと、神秘管理局にふさわしい人材のようだ。
ひとりで出した言葉でもないだろう。これからも自分と友人を大切にしろ。」
「子供扱いして悪かった。きっと、できるよ。お前なら。」
「………………………」
「答えになってな~~~~~~~~~い!!
私の話じゃなくてあんたの事聞いてんの!!」
「自分の日常に妥協するのに慣れた人が、他人の日常を守れるんですか~ぁ!?
お~い!ナレッジさ~ん!き~てる~~!?」
「はいはい、守れるよ、守れる。お前と違って私には実務能力がある……
……事務的な話もしよう。神秘の識別名の申請が必要になった。」
「なにそれ。自分の神秘に名前をつけろってこと?」
「そうだ。私は、神秘に名前を付けることができる、という思い込みが心底嫌いだ。
だが書類上必要と言われればしょうがない。
"正式な配属"の証としてこれをありがたがる奴もいるそうだ。」
「命名権限は私にあるが、決めたくない。
忌々しいが、お前、なにかひとつ考えろ。」
「……じゃあ」
「あなたの言葉からひとつもらいますよ。」
「あん?」
「私あの言い方、結構好きなんです。」
神秘管理局は、『防衛省特殊状況対応本部』を正式名称にもつ、
神秘秘匿の維持と濫用の防止を行う国直属の行政機関である。
公的には特殊犯罪対策本部の一部門として位置づけられているが、
実態は日本国内における神秘関連事件を取り扱う唯一の公的組織と言える。
私たちがすべきことは、社会の在り方によって変容したりはしない。
つまり、世界がどのような形であろうとも、私たちには変わらない使命が一つ存在する。
わが国の平和を守ること。すべての国民の安全と安心を守ることである。
--- 神秘管理局のとある資料より
「人間はみんな、魔法みたいに何でも出来てしまう。」
「みんな、魔法をどこかに隠している。」
「♪」
名前:棚町ミヲ
所属:神秘管理局 監視課 特別民間協力者
神秘識別名:魔法使いの魔法
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今回までの要約:
・棚町ミヲは、日常を守るため、神秘管理局に所属した。