RECORD

Eno.194 観音寺 悟々の記録

07:願い/ちから

 これは別に、悩みとかでは無いのだが。
 ただちょっとした疑問と考察の話として。

 俺に固有の神秘能力が無いのは、俺に強い願いが無いからなのだろうか?と。

 そういうことを、思うことがある。
 固有の神秘能力というものは時に、その人物の衝動や願いをなんらかのカタチにするものであるらしい。
 必ずしもそうではないが、そういうことも多いらしい、と聞く。

 であれば、この身にそれらしい能力が無いというのは。
 願いらしい願いや衝動らしい衝動が、特に無いからなのではないか?

 強くなりたいとか、善く生きたいとか、そういう気持ちはあるが、それは願い……渇望というよりは、規範に近い自動的な感情だ。
 山があるから昇るのだという登山家のように、強くなる余地があるから強くなるだけ。
 そんな生き方をしている俺には、実は願いらしい願いはなく――――だから固有の神秘が無いのではないか、と思うことがある。


 ……まぁ、別にそれはそれで構いはしないのだが。
 固有の神秘能力が欲しいとはあまり思わない。
 なにせ共通の神秘技術ですら持て余しているのだから。
 この無頓着さがまさしく無能力の原因な気がしないでもないが――――だからやはり、これはちょっとした疑問と考察の話として。

 観音寺ゴゴには、強い願いが無いのかもしれない。