RECORD

Eno.225 葛山の記録

いつ死という終わりが来ても大丈夫




 当然乍ら、僕が無意義に拘るのには理由がある。

 まず一つは、普通に暇だからだ。
 僕は、他人の行動を逐一監視して、不可思議な事があれば食らいついて暴こうとするのが何よりも好きだ。
 終わっている趣味である。
 社会通念上、それは本当に宜しくないという事を自分は理解している。
 また、無闇に掴んではいけない情報を掴んで厄介な事になる事態も避けたい。
 だから、現在はそれを封印している訳だ。
 今は代わりに意味の無い事で暇を潰している。

 二つめ。いつ終わりが来ても困らない様にしている。
 物事には大概終わりがある。
 終わりがあるという事は、幾ら自分が有意義な事を為したとしても、最終的には無に収束する。
 自分はそれが何よりも恐ろしい。
 ではどうするか。
 積み重ねた意義を失わない様にするには、有意義な事をしなければ良い。
 なるべく意味の無い事だけをして、徒に時間を浪費するべきなのだ。

 知り合いに理由を話す時、大抵そのどちらかを言っていると思う。

 僕に失う物は無い。
 だから、僕はいつ死という終わりが来ても大丈夫な筈だった。



 その夜、僕は油断していた。
 知ってるか、電気って一気に沢山使い過ぎるとブレーカーが落ちるんだぜ。常識だ馬鹿野郎。
 兎も角、うっかり色々な家電を同時に動かしてしまった僕は、順当に真っ暗闇に襲われる事となった。

 少し焦った。仮令何もして来ないとしても、家の中に何かが居る気配を感じるのは若干嫌だ。
 スマホの弱い光を頼りに、ブレーカーを戻しに行こうとした。
 ブレーカーってどこだったか。玄関辺りか。

 ……やっぱり居る。
 あの気配を感じる。視線を感じる。
 可及的速やかに明るくしないと。

 ブレーカーを見付けた。
 で、どこを上げれば良いんだっけ。見え難い。
 足音が聞こえる。多分これで良いんだよな。
 恐らく正解だと思われるスイッチを押し上げようとした。

 その時。
 
 手首を掴まれて、思いっきり引っ張られた。

 肝が冷える様な、ぞっとする感覚。
 例えるなら、階段でうっかり足を踏み外した時の感覚を100倍にした感じ。
 生存本能が警鐘を鳴らしていた。
 多分、引っ張り込まれたら終わる。

 ぎりぎりと手首を握り締められている。
 全力で抵抗する。振り解こうとする。
 ブレーカーを戻す。

 部屋に明るさが戻ってきた。
 当然、そこには何も居ない。何も。
 その場に膝をつく。少しの間、茫然としていた。
 は、と気付いて、掴まれた手首を確認した。

 左の手首に、鬱血して紫色になった手跡がくっきり残っていた。
 かなり強い力で掴まれた様だった。

「うわ。気持ち悪……」

 これ洗ったら落ちない?
 無理だな……。念の為思いっ切り石鹸で洗っておいたが、特に痣が薄くなったりはしなかった。
 はい、分かっていましたとも。

 疲れた。ベッドに転がって、思考を巡らせる。
 今まではこんな事なかった筈だ。
 気配は感じても、接触まではされなかった。

 ……いや。どうだった?
 先日、夜道で接触されたじゃないか。
 あれは確実に近寄って来ている。
 何故、今になって。
 心当たりはある。裏世界で、神秘に関わったからだ。

 直ちにジ・エンドにはならないと思うけれど。
 これからの人生で完璧に暗闇を避けて生きるなんて、出来るだろうか。
 不意に停電なんかが起きるかもしれないし。
 このままだといつかは。

 漠然と恐怖を感じていた死が、直ぐそこにある。
 
 普段からこんなに無意義に生きてるんだから。
 いつ死んでも怖くない様に、何も積み重ねない様にしている。こういう時の為に。
 失う物は無い。
 無いんだけど。

 自分を平穏の縁としている、1人のクラスメイトが存在する。

「……」
「どうしようかな」

 ぽつりと呟いてみる。
 取り敢えず水崎さんに一報入れた。報連相は大事なので。