RECORD
Eno.426 䝰甾 うのはなの記録
神秘の成り立ち
䝰甾一族の「金運」のはじまりは、白蛇に出会ったその時からだと言われている。
もし、「優しい願い」でこの神秘を授けたものがあるとするならば、この白蛇がそのようにした、ということになる。
言い伝え、というほど大したものではない。
「おじいちゃんは白蛇に優しくしたから、白蛇の神様にも優しくしていただいた」
「だからお前たちもそのようにしなさい、いただいた信頼を裏切ることのないように」
……それが数百年続いた。
その程度のものだ。詳しいことなどは、誰も知らない。記録なども残っていない。
極めて雑な家系なので、いわゆる名家やら資産家にあるような、どこの誰が当主とかそういうのもない。なんとなくみんな金には困ってないし、でもなんか使うの下手だからこれ以上あってもなあ……えらい人とか決めてもどうせみんなして金使うの下手だろうしなあ……みたいな、そういう雰囲気で細々と(まあ細々かどうかは解釈が分かれるだろうが、少なくともうちの感覚としては)なあなあにやってきた。名家とか資産家の一族みたいなやつではない。たぶん違う。テレビとかでみてるやつに一向に感情移入できた試しがないし、うちから政治家とか、公務員的なえらい先生だとか、なんかいわゆるえらい人的な人が出たこともないし。(実際、みんな立場とか持つのあまりにも怖いよな、って体感はあるのだと思う。金を使うのが下手なやつがなんらかの幹部になるの、上司だと思ったら怖すぎるものな)
俺たちはそれを、「その不自由」を、「与えられた財宝を売って稼ぐような無礼な真似をしないように、与えられる財宝は人々が欲しがるものではない形をしているのだ」と、伝えてゆくようになった。
そこに諦めが一切なかったひとはいるのだろうか。
無力感がある。
否定できない無力感がずうっと、長々と、横たわっている。
どうせ価値あることは何もできないんだろうな、という、諦めを、それを得なかった一族を、俺はひとりも知らない。
そこから立ち上がるひとも、そうでないひともいるけれど……
䝰甾、という名前が、ほとんど誰も知らない名前である、というのは、現状によって結果を物語っていると言えるだろう。
俺もやがてそうなるのだろうか、という思いと、そうなりつつあるだろう、という実感で、俺はまだ進路を親に相談できていない。
彼らはどちらなのだろう。
立ち上がって今があるのか。
諦めたまま、今なのか。
彼らは、今、どちらにいて、……そして今、俺にどちらでいて欲しいのだろう。
この無力感が、優しさとでも?
------とはいえ、日々は巡るもので------
今日ははじめて我が家に客人がきた!
︙
あきちか!!!!
最高の後輩の一人である。野菜をたくさん持ってきてくれた。意味がわからんほどうれしい。ものだけじゃなくて……それを……いつも手をかけて大事に育てた野菜を、家族と相談して、俺の生活に何が合うか、って、考えて。持ってきて、使い方を教えてくれた。
部屋の中がまだあったかい気がする。
ほかのひとが家の中にいる、というのは、こんなふうだったんだ、と思い出す。
ひとが自分の生活に干渉して、それが優しさで行われているということ。
俺が今学ぼうとしている「純粋な他者への祈り」というのは、形にするとこんな風なんじゃないかとおもったりもする。
うちで昼ごはんを一緒に食べて、話して……
なんだろうな。
家に火が灯った感じ。
ガラス窯に火が入るとたぶんこんな風なんだろうという、勝手なイメージを持ったりした。
土間、寒いんだよな。
夏の間は涼しくていいけど……冬は少し心配だ。
ストーブ、冬までには買わなくちゃいけないかも。
こう考えた時、
昨日までなら、寒々とした部屋に、自分一人だけがストーブにあたっている想像をしたと思う。
だけど、今日はそうじゃない。
だれか遊びに来た時、一階が寒かったらかわいそうだものな、と自然に考えられた。
家に火が灯るって、たぶんそういうことだ。
あきちかが置いていった野菜はひんやりとした夏野菜ばかりだけど、
これらもまた、同じ力をもっているな、と思う。
買っただけの惣菜に少しこれを添える時、それはなんだか、「うちの」ご飯になる気がするから。
もし、「優しい願い」でこの神秘を授けたものがあるとするならば、この白蛇がそのようにした、ということになる。
言い伝え、というほど大したものではない。
「おじいちゃんは白蛇に優しくしたから、白蛇の神様にも優しくしていただいた」
「だからお前たちもそのようにしなさい、いただいた信頼を裏切ることのないように」
……それが数百年続いた。
その程度のものだ。詳しいことなどは、誰も知らない。記録なども残っていない。
極めて雑な家系なので、いわゆる名家やら資産家にあるような、どこの誰が当主とかそういうのもない。なんとなくみんな金には困ってないし、でもなんか使うの下手だからこれ以上あってもなあ……えらい人とか決めてもどうせみんなして金使うの下手だろうしなあ……みたいな、そういう雰囲気で細々と(まあ細々かどうかは解釈が分かれるだろうが、少なくともうちの感覚としては)なあなあにやってきた。名家とか資産家の一族みたいなやつではない。たぶん違う。テレビとかでみてるやつに一向に感情移入できた試しがないし、うちから政治家とか、公務員的なえらい先生だとか、なんかいわゆるえらい人的な人が出たこともないし。(実際、みんな立場とか持つのあまりにも怖いよな、って体感はあるのだと思う。金を使うのが下手なやつがなんらかの幹部になるの、上司だと思ったら怖すぎるものな)
俺たちはそれを、「その不自由」を、「与えられた財宝を売って稼ぐような無礼な真似をしないように、与えられる財宝は人々が欲しがるものではない形をしているのだ」と、伝えてゆくようになった。
そこに諦めが一切なかったひとはいるのだろうか。
無力感がある。
否定できない無力感がずうっと、長々と、横たわっている。
どうせ価値あることは何もできないんだろうな、という、諦めを、それを得なかった一族を、俺はひとりも知らない。
そこから立ち上がるひとも、そうでないひともいるけれど……
䝰甾、という名前が、ほとんど誰も知らない名前である、というのは、現状によって結果を物語っていると言えるだろう。
俺もやがてそうなるのだろうか、という思いと、そうなりつつあるだろう、という実感で、俺はまだ進路を親に相談できていない。
彼らはどちらなのだろう。
立ち上がって今があるのか。
諦めたまま、今なのか。
彼らは、今、どちらにいて、……そして今、俺にどちらでいて欲しいのだろう。
この無力感が、優しさとでも?
------とはいえ、日々は巡るもので------
今日ははじめて我が家に客人がきた!
うろ……うろ……
これはクーラーボックス片手に工芸館通りをぐるぐるする不審者。
「えーと、えーと……あっ、あれか!?」
レンガ造りの元ガラス工房……という情報だけは得ているのだが(確定ロール)、なにぶんこの地域、そうした雰囲気の建物もちょこちょこ見られる。結果、片っ端からひとつひとつ覗いていく変な人の出来上がりというわけだ。
「こ……れかも! う、うのせんぱぁい……!
あきちかでーす……!」
必死の主張。よわい。
あきちか!!!!
最高の後輩の一人である。野菜をたくさん持ってきてくれた。意味がわからんほどうれしい。ものだけじゃなくて……それを……いつも手をかけて大事に育てた野菜を、家族と相談して、俺の生活に何が合うか、って、考えて。持ってきて、使い方を教えてくれた。
部屋の中がまだあったかい気がする。
ほかのひとが家の中にいる、というのは、こんなふうだったんだ、と思い出す。
ひとが自分の生活に干渉して、それが優しさで行われているということ。
俺が今学ぼうとしている「純粋な他者への祈り」というのは、形にするとこんな風なんじゃないかとおもったりもする。
うちで昼ごはんを一緒に食べて、話して……
なんだろうな。
家に火が灯った感じ。
ガラス窯に火が入るとたぶんこんな風なんだろうという、勝手なイメージを持ったりした。
土間、寒いんだよな。
夏の間は涼しくていいけど……冬は少し心配だ。
ストーブ、冬までには買わなくちゃいけないかも。
こう考えた時、
昨日までなら、寒々とした部屋に、自分一人だけがストーブにあたっている想像をしたと思う。
だけど、今日はそうじゃない。
だれか遊びに来た時、一階が寒かったらかわいそうだものな、と自然に考えられた。
家に火が灯るって、たぶんそういうことだ。
あきちかが置いていった野菜はひんやりとした夏野菜ばかりだけど、
これらもまた、同じ力をもっているな、と思う。
買っただけの惣菜に少しこれを添える時、それはなんだか、「うちの」ご飯になる気がするから。
