RECORD

Eno.575 氷見しあんの記録

回想 - 1




『おやさま』



そう呼び兄妹で慕った人がいた。
物心ついた頃からご挨拶のためにと厳しく躾けられ、
祖母が合格と見做すとすぐに近所の祠へ連れて行かれたのが出会いで。
そこの管理をしているとても尊い方だと教えられていた。

私たち兄妹と祖父母は認められて、両親は認められなかったらしい。
認められていない者や外部の人間が一緒の時には
おやさまは決して姿を現さず、祖父母はそれを当然としていた。


『この地で生き、御恩を忘れずにおる者だけが御目通りを許されるのです。
 心に留めておきなさい』

『はい、ばーさま』『はい、ばぁさま』



おやさまが立ち上がる姿を見たことは最後の日以外に見たことがない。
下草が好き放題生えた地面にくたびれた茣蓙を敷き、いつも座るか寝そべっていた。

土や樹皮のような髪は毛先に行くほど青々と茂る葉の色をしていて、
鮮やかな赤や橙に金のような黄色が混じる瞳は秋の森みたいで。
肌は比喩ではなく雪のように青白かったが、いつ触れても温かかった。


『██、██、今日も会いにきてくれたのか』



弾けるような笑顔で両腕を広げて、私たちが飛び込めば抱きしめてくれた。
山に抱かれているような安心できる匂いがして。
おやさまの腕の中なら怖いものなんてないと思わせてくれて。
私たち兄妹はおやさまが大好きだった。


『██、お前には特に才がある。
 七つを過ぎれば大抵の子は“あちら”がわからなくなるが、お前はきっと違うだろう』



兄妹揃って才能はあるが私のほうが強く、
これ自体は良いことでも悪いことでもないが、怖い目に遭う原因になる。
そう、おやさまに教えられた。


『ずっと傍にいて守ってやりたかったが……ままならないな』



おやさまはとても悲しげな、今にも泣きそうな顔をしていた。


『██、誕生日の前日に██と一緒に来なさい。
 お前たちに誕生日プレゼントをあげるから』



おやさまからはいつもお祝いの言葉だけでプレゼントをもらったことはなかった。
私たちは大喜びで婆さまに報告して、婆さまも一緒に喜んでくれて。
当日は嬉しくて朝早く起きて行こうとして、
ご迷惑でしょうと婆さまに叱られてしまい実際に行けたのは昼食後のこと。

たくさん話して、一緒に昼寝をして、日が沈むギリギリまでおやさまと過ごしていた。
いつも以上に優しいおやさまが嬉しくて、
これが誕生日プレゼントなのだとばかり思っていたのだが。

日が沈み始めるといつもはすぐに帰されていた。
けれどその日は特別だと言って、おやさまと手を繋ぎ3人で祠の後ろに広がる森へ向かって。


『誰にも内緒にするように。約束だ。
 ん? あぁ、この先には――』



今にも倒れそうな朱色の鳥居をくぐり。


どうなったのか、覚えていない。

次の記憶は、祠の前に倒れ、死にかけで朦朧としているところから始まっていた。