RECORD
Eno.1461 篠崎 駿の記録
誰かを守るために
北摩湖の湖畔をぶらついてた。裏世界の仕事で頭が重くて、バイクを停めて湖畔の道を歩いた。月が水面に映り、波の音が静かに響く。優の声が聞こえそうな気がして、胸がざわついた。彼女の死以来、こんな夜はいつも心が落ち着かない。
湖畔の草むらで、少年が蹲ってるのに気づいた。誠君だ。あっちとこっちで何度か会った、年下なのに大人びた少年だ。
いつもは冷静なのに、今日は様子が違った。荒い息、青白い顔、左手の甲を自分で噛んでる。口元に血が滲んでた。
裏世界から「帰ってきた」直後の感覚――俺も知ってる。高揚感と理性がぶつかり、頭と心がぐちゃぐちゃになる。吐き気と罪悪感が押し寄せるやつだ。
「大丈夫かい?君?」俺は思わず声をかけた。誠は顔を上げず、口元を抑えていない手で静止を促した。「来るな」の合図だ。俺は足を止めた。
「…俺、は、大丈夫、です、から」
誠の声は掠れて、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。俺もあの感覚の辛さを知ってる。
裏世界での衝動が、表に戻ると自分を責める。放っておけない――優の死以来、俺の性分は余計にそうになった。
「…誠君…何があったんだ? もし何かあれば、君の気持ちを俺にぶつけてくれ。どんなに重いことでも、話したくないことは話さなくていい。だから、俺にぶつけてくれ。全部を」
俺はそう言ったけど、内心、俺に何ができるんだって思ってた。
誠君は「…………そういうの、じゃ、ないですって」と言い背を向けたままだった。その姿はまるで動かない狼みたいだった。
俺が近づかなければ、このまま変わらない。でも、放っておくのは…俺には無理だ。
俺はとにかく心配だった。誠君はまだ蹲って、荒い息のままだった。
「…『帰ってきた』直後、身に覚え、あるでしょう?」
誠が掠れた声で言った。俺は一瞬、固まった。裏から表に戻った時のあの感覚。頭が熱くなって、胸が締め付けられる。裏から戻った後、俺も何度も味わった。
「あぁ…あれか…確かに、あれは辛いな…」
俺は自分の経験を思い出しながら答えた。そして、頭の中では誠君をこのまま放っておくべきか、でも、もし何かあったら…と頭の中で二つの考えがぶつかり合って、混乱した。俺はどうすればいいんだ?
誠は背を向けたまま、ギリギリと歯を食いしばる音を立てた。
「…俺の、ためって思うなら、放っておいて、くれませんか…? じっとしてたら、治るんです、だから放っておいて」
彼の声は懇願するみたいだった。
俺は胸が締め付けられた。放っておけないのが俺なのに、誠君にはそれが負担だった。
「いや…ほんと申し訳ない…」俺は気まずく呟いた。
「でも、俺、困ってる人とか悩んでる人とか放っておけないんだ…だからさ、こんな事になっちゃった…」
あの事故の時も俺も誰かに放っておいて欲しかった瞬間があった。俺は誠くんに同じことしてまった。
誠君は少し落ち着いたみたいで、背を向けたまま言った。
「…俺、一番嫌なの。これで人を傷つけることなんです。だから放っておいて欲しかったんですけど…」
その言葉に、俺の心がずきんと痛んだ。裏での俺も、衝動に駆られる瞬間がある。敵を倒す高揚、でもその後の自己嫌悪に襲われる。おそらく誠も同じだろう…
「…具合悪そうな人がいるのを無視して去れって言われて、後で良心が痛むのは分かりますから…」
誠の声は低く、どこか辛そうだった。
「…殺すことが好きなんですよ、俺。『どっち』にいても関係なく。『あっち』にいる時は、それが本能のように表に強く出る。我慢もしないまま高揚して楽しんで、帰ってきたら急に理性が戻って齟齬が起きてこうなるんです」
殺すことが好き。その言葉に、俺の胸が凍った。裏での俺も、戦う瞬間の高揚を感じる。あの衝動、抑えるのがどれだけ大変か。誠の言葉は、俺の鏡みたいだった。
「…なので、次からでいいので放っておいてもらえると助かります。人に手を挙げたくないので…」
俺は黙って頷いた。
「…あぁ…わかった…今度からはそうするよ。互いに辛いだろうけど、まぁ、頑張ろう。そしたら、いつか報われると思うからさ…」
報われる。俺がそう思ってるのは、優の死を乗り越えて、誰かを笑顔にすること。如月で、裏世界で、誰かの青空みたいな笑顔を見れたら、俺も救われるんじゃないかって。
誠君がゆっくり立ち上がった。「…駿さんは、どうやったら自分が報われると思っていますか?」
その質問に、俺は一瞬、言葉に詰まった。誠は俺の心を見透かしてるみたいだった。
「そうだね…沢山の人を青空みたいな眩しい笑顔にする事かな、その為に人助けとか如月をやってるからね。それが俺が報われる事だと…そう思っているよ」
俺はそう答えた。一瞬、優の遺言が、頭の奥でフラッシュバックした。
誠君が振り返り、初めて俺を見た。目はまだ濁ってたけど、かすかに笑った気がした。
「…なるほど。だったら…やっぱりあなたは『あっち側』に行かない方がいい。執着がある理由は知っていますけど。『あっち側』に入り浸って、俺みたいにならない方がいいですよ。齟齬が生まれれば生まれるほど、自己の境界線とは甘くなる」
その言葉が胸に刺さった。
「お店の経営、応援していますね。その内また遊びにいきます」
誠君はふらつきながら湖畔の道を去っていった。
「あぁ…待ってるよ。また友達連れてきてよ、すっごく美味しいの作って待ってるからさ」
俺は呼びかけサムズアップして誠君を見送った。
月明かりにその背中が小さくなるのを見届けて、俺はバイクに戻った。
家に戻って、この日記を書いてる。誠君の言葉、優の声、裏世界の闇――全部が頭の中でぐるぐるしてる。
誠君の「殺すことが好き」は、俺の裏世界での衝動と重なる。俺は如月で笑顔を作って、裏世界で人を助ける。
でも、今日は誠君を放っておくべきだったのか、答えが出ない。優の死以来、誰かを救いたいって思いが強すぎて、時々、それが裏目に出る。誠の「自己の境界線が甘くなる」って言葉、俺の中の闇を突いてる気がする。
優、見ててくれ。俺、ちゃんとやってみるよ。誰かの笑顔を守るために
湖畔の草むらで、少年が蹲ってるのに気づいた。誠君だ。あっちとこっちで何度か会った、年下なのに大人びた少年だ。
いつもは冷静なのに、今日は様子が違った。荒い息、青白い顔、左手の甲を自分で噛んでる。口元に血が滲んでた。
裏世界から「帰ってきた」直後の感覚――俺も知ってる。高揚感と理性がぶつかり、頭と心がぐちゃぐちゃになる。吐き気と罪悪感が押し寄せるやつだ。
「大丈夫かい?君?」俺は思わず声をかけた。誠は顔を上げず、口元を抑えていない手で静止を促した。「来るな」の合図だ。俺は足を止めた。
「…俺、は、大丈夫、です、から」
誠の声は掠れて、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。俺もあの感覚の辛さを知ってる。
裏世界での衝動が、表に戻ると自分を責める。放っておけない――優の死以来、俺の性分は余計にそうになった。
「…誠君…何があったんだ? もし何かあれば、君の気持ちを俺にぶつけてくれ。どんなに重いことでも、話したくないことは話さなくていい。だから、俺にぶつけてくれ。全部を」
俺はそう言ったけど、内心、俺に何ができるんだって思ってた。
誠君は「…………そういうの、じゃ、ないですって」と言い背を向けたままだった。その姿はまるで動かない狼みたいだった。
俺が近づかなければ、このまま変わらない。でも、放っておくのは…俺には無理だ。
俺はとにかく心配だった。誠君はまだ蹲って、荒い息のままだった。
「…『帰ってきた』直後、身に覚え、あるでしょう?」
誠が掠れた声で言った。俺は一瞬、固まった。裏から表に戻った時のあの感覚。頭が熱くなって、胸が締め付けられる。裏から戻った後、俺も何度も味わった。
「あぁ…あれか…確かに、あれは辛いな…」
俺は自分の経験を思い出しながら答えた。そして、頭の中では誠君をこのまま放っておくべきか、でも、もし何かあったら…と頭の中で二つの考えがぶつかり合って、混乱した。俺はどうすればいいんだ?
誠は背を向けたまま、ギリギリと歯を食いしばる音を立てた。
「…俺の、ためって思うなら、放っておいて、くれませんか…? じっとしてたら、治るんです、だから放っておいて」
彼の声は懇願するみたいだった。
俺は胸が締め付けられた。放っておけないのが俺なのに、誠君にはそれが負担だった。
「いや…ほんと申し訳ない…」俺は気まずく呟いた。
「でも、俺、困ってる人とか悩んでる人とか放っておけないんだ…だからさ、こんな事になっちゃった…」
あの事故の時も俺も誰かに放っておいて欲しかった瞬間があった。俺は誠くんに同じことしてまった。
誠君は少し落ち着いたみたいで、背を向けたまま言った。
「…俺、一番嫌なの。これで人を傷つけることなんです。だから放っておいて欲しかったんですけど…」
その言葉に、俺の心がずきんと痛んだ。裏での俺も、衝動に駆られる瞬間がある。敵を倒す高揚、でもその後の自己嫌悪に襲われる。おそらく誠も同じだろう…
「…具合悪そうな人がいるのを無視して去れって言われて、後で良心が痛むのは分かりますから…」
誠の声は低く、どこか辛そうだった。
「…殺すことが好きなんですよ、俺。『どっち』にいても関係なく。『あっち』にいる時は、それが本能のように表に強く出る。我慢もしないまま高揚して楽しんで、帰ってきたら急に理性が戻って齟齬が起きてこうなるんです」
殺すことが好き。その言葉に、俺の胸が凍った。裏での俺も、戦う瞬間の高揚を感じる。あの衝動、抑えるのがどれだけ大変か。誠の言葉は、俺の鏡みたいだった。
「…なので、次からでいいので放っておいてもらえると助かります。人に手を挙げたくないので…」
俺は黙って頷いた。
「…あぁ…わかった…今度からはそうするよ。互いに辛いだろうけど、まぁ、頑張ろう。そしたら、いつか報われると思うからさ…」
報われる。俺がそう思ってるのは、優の死を乗り越えて、誰かを笑顔にすること。如月で、裏世界で、誰かの青空みたいな笑顔を見れたら、俺も救われるんじゃないかって。
誠君がゆっくり立ち上がった。「…駿さんは、どうやったら自分が報われると思っていますか?」
その質問に、俺は一瞬、言葉に詰まった。誠は俺の心を見透かしてるみたいだった。
「そうだね…沢山の人を青空みたいな眩しい笑顔にする事かな、その為に人助けとか如月をやってるからね。それが俺が報われる事だと…そう思っているよ」
俺はそう答えた。一瞬、優の遺言が、頭の奥でフラッシュバックした。
誠君が振り返り、初めて俺を見た。目はまだ濁ってたけど、かすかに笑った気がした。
「…なるほど。だったら…やっぱりあなたは『あっち側』に行かない方がいい。執着がある理由は知っていますけど。『あっち側』に入り浸って、俺みたいにならない方がいいですよ。齟齬が生まれれば生まれるほど、自己の境界線とは甘くなる」
その言葉が胸に刺さった。
「お店の経営、応援していますね。その内また遊びにいきます」
誠君はふらつきながら湖畔の道を去っていった。
「あぁ…待ってるよ。また友達連れてきてよ、すっごく美味しいの作って待ってるからさ」
俺は呼びかけサムズアップして誠君を見送った。
月明かりにその背中が小さくなるのを見届けて、俺はバイクに戻った。
家に戻って、この日記を書いてる。誠君の言葉、優の声、裏世界の闇――全部が頭の中でぐるぐるしてる。
誠君の「殺すことが好き」は、俺の裏世界での衝動と重なる。俺は如月で笑顔を作って、裏世界で人を助ける。
でも、今日は誠君を放っておくべきだったのか、答えが出ない。優の死以来、誰かを救いたいって思いが強すぎて、時々、それが裏目に出る。誠の「自己の境界線が甘くなる」って言葉、俺の中の闇を突いてる気がする。
優、見ててくれ。俺、ちゃんとやってみるよ。誰かの笑顔を守るために